ボラ協のオピニオン―V時評―

寄付する・会員になる

ボラ協を知る

ボランティアする・募る

学ぶ・深める

「103万円の壁」と「地域の自立」という政策目標

編集委員神野 武美

 2024年10月の衆院総選挙では国民民主党が議席を大幅に伸ばし躍進した。「103万円の壁」を178万円に引き上げるという公約が国民の支持を得たと言える。この「壁」のせいで主婦層らが「働き控え」し、人手不足にもつながった。物価や最低賃金の上昇に合わせて「壁」を引き上げれば働き手が増え、経済成長を促し税収が増える効果も期待できるというわけである。「103万円」とは、所得税の給与所得控除55万円と基礎控除48万円の合計である。従来も配偶者特別控除や勤労学生控除など段階的に「壁」を引き上げてきたが、国民民主党は「基礎控除を75万円に引き上げる」と主張している。結果、政権与党の議席は過半数を割った。国民民主党がキャスティングボートを握り、公約の実現を迫る戦略は見事なものである。

ただ、減税額は、年収2百万円世帯が8万2千円なのに対し8百万円世帯は22万8千円と高所得なほど恩恵は大きい(注1)。国・自治体合わせて税の減収は7兆~8兆円とされ、地方税の個人住民税は4兆円程度減るという試算もある(注2)。自治体の財源を確保するには、国からの地方交付税交付金を増額する必要があるが、地方交付税の財源不足を補うための赤字地方債「臨時財政対策債」を発行するとなれば、「また、借金の増大」と指摘されかねない。単独の政策でも今後、財政赤字の解消をどう図るのか、所得再分配をどう促すのか、地方財政をどう守るのかなど課題は多い。
 

 コロナ禍前、国民民主党代表代行の古川元久さんの著書『財政破綻に備える 今なすべきこと』(ディスカヴァー携書、234ページ、2015年)を列車の待ち時間に駅の売店で買って読んだことがある。
 内容は、円安が進行したため日本の国力は低下し、国内でも外国資本が幅を利かせて、技術力のある中小企業などが買いあさられている。高い成長率を前提に組み立てられた政府の財政再建計画では財政の破綻は必至である。いずれ日本経済のメインシステムは機能不全に陥り、国は頼りにならなくなる。解決に導くには、富を集中させて効率性を追求してきた従来のメインシステムをできる限り分散させ、災害などの危険を分散する意味を込め、自立した地域同士をネットワークでつなぐサブシステムを構築すべきであり、日本を救う道であるというものである。
 今後の日本の全体像を展望した内容に共感する人も多いであろう。
 
 が、それを実現する道には多くの困難が待ち受ける。すでに多くの国民が大都市圏に住み、生活を定着させている。政治に影響力のある労働組合も経済成長追求型のメインシステムに組み込まれている。日本の政治は、利害関係の妥協点を探る「調整型」であり、従来のやり方では大転換を図れそうにもない。こうした現実の下、「103万円の壁」を引き上げることが、古川さんが著書で描いた大改革(今も同じ考えならばであるが)とどうつながるのか、その道筋はまだ見えてこない。
 日本は、少子高齢化の下、膨大な財政赤字に加え、災害が多発し、主力の産業にも衰退の兆しがある。貧富の差の拡大、東京一極集中といった問題、空き家の増大に対し新築や再開発が止まらないといった矛盾が山積し、いずれ大きな転換を図る必要があるのではないか。これは、政治家の力や駆け引きだけでは動かせない。市民の活動・運動の力、それも細分化した取り組みだけではなく、社会全体の変革を見通した活動が必要なのではないか。

(注1)NHK 首都圏ナビ:もっとニュース、2024年11月18日「年収の壁 見直すとどうなる 減税額 年収による違いは? 103万円 税の壁の仕組みは?」
(注2)日本経済新聞電子版、2024年12月9日「『103万円の壁』上げ、地方財政に配慮を 地財審意見書」

ボラ協のオピニオン―V時評―

  • 2025.02

    『新・学生のためのボランティア論』発刊に寄せて

    編集委員 永井 美佳

  • 2025.02

    「103万円の壁」と「地域の自立」という政策目標

    編集委員 神野 武美