ボラ協のオピニオン―V時評―

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黒澤明監督が遺したもの

(漫)

 九月六日、「世界のクロサワ」と呼ばれた日本映画界の大御所、黒澤明監督が亡くなった。映画界だけでなくテレビ映像などの世界にも大きな影響を与え、また海外にも数多くの信奉者をもつ大監督だった。実際、『七人の侍』がアメリカで『荒野の七人』に、『用心棒』がイタリアで『荒野の用心棒』にリメークされ、インドには少なくとも七本の『生きる』のリメイク版があるという。さらに『スター・ウォーズ』に登場するユーモラスなロボットは『隠し砦の三悪人』の登場人物に着想を得た、などの話も枚挙にいとまがない。
 黒澤監督がこれほど多くの人々に強い影響を与えたのは、まず旧来の手法にとらわれない斬新なカメラアングルなどの技術面での創造性があげられよう。しかしそれとともに、観客を楽しませるため細部まで徹底してこだわり、「完全主義者」と言われた妥協を許さない演出姿勢に刺激を受けた人も少なくなかったようだ。
 つまり、「こだわり」というものの大切さを身を以って示してきたのが、黒澤監督だった。それは、まったく中身を撮らないのに、画面に出てくるタンスの中に登場人物と、その時代の暮らしに必要な衣類をすべて入れさせた、といった具合に徹底していたという。このタンスのエピソードが私たちに伝えるのは、主体的に創造的な仕事をするならば、自分の感性を信じ、自らの取り組みに安易な妥協を入り込ませないという姿勢が大切だということだ。
 現実の世界の中で、自らのこだわりを守ることはそう容易なことではない。一種の厳しさが必要になるからだ。しかし、まず自分自身が納得しているということが土台にないと、当初は周囲から奇異に見られがちな創造的取り組みを続けることは出来ない。逆に言えば、予算なり他者の思惑などとの関わりの中で、つい妥協に傾きかける時、そうした誘惑を断つ行動指針となってきたのが黒澤監督の姿勢だったのである。
 これは別に映像や芸術の世界だけの話ではない。ボランティア活動など社会活動の世界でも、これまで生まれてきた様々な創造的取り組みは、いずれもちょっとした気づきに「こだわった」ところから生まれている。たとえば「大阪手びきの会」というガイドヘルプグループは、視覚障害をもつ人が長い横断歩道の途中でとまどっている姿を見かけ、そのような状況を見過ごせないと思った主婦、吉安治子さんのこだわりをきっかけに生まれた。「見て見ぬふりはできない」という一人の主婦のこだわりから生まれたこのグループは、今年、創立二十三年目を迎える。こうした例は、私たちの世界に実に多い。開拓的な取り組みには、「こだわり」が不可欠なのだ。
 ところで、こうした関係とともに、黒沢作品の中にはボランティア活動との接点が感じられる作品が実は少なくない。 そのような作品の代表ともいえるのは、やはり『生きる』だろう。大過なく、を信条に平凡な公務員生活を送っていた志村喬演ずるところの主人公がガンで余命わずかであることを知る。それを転機に、児童公園の整備に向けて献身を重ね…。自らに課題を課して凛として生きる姿の意味を淡々と伝える秀作だ。
 この他、『赤ひげ』などヒューマニズムに裏打ちされた作品は数多いが、それらに加えて、実はボランティア活動と深い関わりがあると言えるのが『七人の侍』だ。雨の中での激しい殺陣シーンなどが有名だが、この『七人の侍』がなぜボランティア活動と関係があるのか。それは、この作品には専門家とボランティアとの協働の物語とも捉えられるテーマも扱われているからだ。
 そもそも「ボランティア」とは、最初、自警団、義勇兵という意味で使われ出した言葉だ。十七世紀のイギリスで使われ始めた言葉だとされるが、当時のイギリスは治安が悪く、各地に山賊らから村や村民を守るための自警団|つまりボランティアが組織されるようになった。しかし、それがアマチュアである以上、結果は悲惨だ。プロの山賊と戦っても負けてしまう。負けるとは死ぬことだが、死んでしまっては元も子もない。そこで当時の自警団|ボランティアたちはどうしたか? プロを雇ったのだ。そのプロたちこそ、あの『七人の侍』のような存在だ。つまり『七人の侍』という映画は、ボランティア(村人)と専門家(七人の侍)との協働作業にまつわるドラマを描いたものとも言えるのだ。そのような視点からこの作品を見直すと、村人と侍たちの駆け引きなども興味深い。
 このように市民活動に関わるテーマでも多くの作品を遺し、黒澤さんは八十八歳の命を閉じられた。ご冥福をお祈りしたい。

市民活動情報誌『月刊ボランティア』1998年10月号  (通巻339号)

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