ボラ協のオピニオン―V時評―

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「五体不満足」の読み方

(漫)

 乙武洋匡さんの『五体不満足』(講談社)が、大きな反響を巻き起こしている。昨年十月に発行されて以来、五ヵ月ほどで三百万部を売り上げる勢いだ。書店には平積みで並べられ、図書館で借りようにも、すぐに貸し出されてしまうほどだと言う。
 タイトルのユニークさと表紙に映る著者の姿(車イスに乗った著者が笑顔で微笑んでいる)が、まず目を引く。しかし、何といっても内容が面白い。
 生まれつき両手足がないという重い障害をもつ著者の半生記だが、そこにはよくある根性物語もなければ、お涙頂戴式の浅薄な美談もない。そこで語られるのは、まず「障害のあるなしなんて人間の幸せにとって大して意味がない」と言ってはばからず、のびのびと生きていく著者のやんちゃぶりだ。そして、周囲の人々が乙武氏の「特徴」(よく言われる「障害は個性だ」という言い方をも超えて、彼は「単なる身体的特徴にすぎない」とのたまう)を素直に受け止めていく関わりがある。さらに、「障害者は現代を血の通った社会に変える救世主だ」といった「居直り」、つまり斬新な発想法。そこには「違い」が異端視されない自由な雰囲気や、物事を肯定的にとらえていく発想があふれている。この解放感こそ、この本の醍醐味と言って良いだろう。
 ところで、この伸びやかさの土台にあるのは、乙武氏が「障害」をもつ自分自身を心の底から愛している、ということだ。人の元気さとは、まず自らを愛せる、自信をもてることにある、ということが、彼の文章の端々から伝わってくる。
 そして乙武氏がそのような発想を持つことになった原点にあるのは、出生後、ショックを気にして「対面」が一ヵ月ほど伸ばされた後、両手足のない赤ん坊である彼を初めて見たお母さんが「かわいい!」と抱きしめたというエピソードだろう。彼の母親は、手足のない我が子を、「驚き」よりも「喜び」をもって迎えた。この母親の反応を土台に、「自分は愛すべき存在だ」という「自信」が彼の中に築かれていくことになった。実際、時には障害をもつことで自らの運命を呪う人も少なくないのに、逆にそれを「目立てる立場」と積極的に肯定してしまう「ノー天気な」性格が育まれていくことになったのだ。
 この「自分を愛せる」ことの重要性という普遍的なテーマにまで言及されていることも、本書が多くの読者を得た理由の一つであろう。

 長々と『五体不満足』の紹介に字数を費やしたが、それは、ボランティア活動の意味を考える時、この「愛することができる」「(自らを)愛せる」ということに、もっと注目すべきではないかと思うからだ。
 そもそもボランティア活動には「好きでする活動」という側面がある。活動のきっかけは、義憤であったり、好奇心であったり、仲間欲しさであったり…と実に様々だが、実際に活動を進める上で重要な要素は、まさに「好きかどうか」だ。
 つまり子どもの好きな人が子どもに関わる活動をし、鳥の好きな人たちが野鳥の会に集う。義憤の原点には愛するものへの思いがあるわけだし、漠然と「何かしたい」という場合だって、好きなことを起点に考えると活動内容を決めやすい。つまりボランティア活動には「好きだから活動する」という面がある。
 しかも、その思いは活発に活動すればするほど高まってくる。最初は「付き合い」だったはずの活動が、いつのまにか自分の暮らしの中に大きな位置を占めていく、ということは、市民活動に関わる人たちの間でよく体験されることだ。
 このように見ていくと、ボランティア活動とは「社会の中に愛するものを見つける」活動でもあるわけだ。
 そして、活動を通じて「愛するもの」が抱える困難を取り除くため懸命に努力するという実践は、もちろん相手のための取り組みなのだが、その一方で他ならぬ私たち自身をも元気にさせる面がある。自分が意味のある存在であると実感し、生きていることに張り合いを感じられるからだ。
 つまり私たちは、誰かから「愛される」ことももちろん大切なのだが、それとともに「愛せる」ものがあるということも、とても重要なことなのだ。そして先に指摘したように、ボランティア活動とは、まさにこの「愛する対象を得る」ことでもある。
 Helping you helps me.という言葉がある。つまり、「あなたを助けることが、私を助ける」だ。ボランティア活動の魅力には、の愛する相手を得ることによる孤独からの解放という面もあるのだ。

市民活動情報誌『月刊ボランティア』1999年4月号   (通巻344号)

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