ボラ協のオピニオン―V時評―

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去る人たちに慰労と感謝を

(漫)

 「セゾン美術館の閉館のように、長年、社会貢献活動を取り組んできた企業が、長引く不況の影響もあって撤退する話を耳にすることがある。しかし、マスコミなどの反応は『営利会社が、自らの勝手な都合で社会的役割を放棄した』といった論調ばかり。『長い間、ご苦労様でした』という記事には、ついぞお目にかかったことがない」。
 大阪ボランティア協会が事務局を務めている企業の社会貢献担当者の定例勉強会「フィランソロピー・リンクアップ・フォーラム」でのこと。ベテラン担当者の一人から、こんな発言があった。
 確かにそのとおりだ。
 各社の取り組みは、それぞれ自らの発意で始めたものだ。当然、社内には「営利企業が、なぜそんなことを…」といった意見もあったはずだが、そのプロジェクトに思い入れをもつ何人かの奔走によって、なんとか実施にこぎつけたという状態が一般的だ。
 しかし、この不況。大規模なリストラ策を打ち出すと株価が上がるという状況下で、やむなく社会貢献事業の縮小や中止を決断する。なにごとにつけ事業からの撤退という場合、こういった事情があるわけである。
 こうした場合に一番辛いのは、思い入れを持って事業に取り組み、あるいは止める決断をした担当者だ。ところが、そこへ先のような批判。これでは、「二度とこの世界には足を踏み入れまい」といった気持ちにさせてしまうだろう。
 しかも、この話が不条理なのは、こうした取り組みを「していない」と責められず、無理を押して「していた」から責められてしまう、ということだ。
 これは、ベストセラーとなった『ボランティア|もう一つの情報社会』(岩波新書)で、著者の金子郁容慶応大学教授が指摘した「自発性パラドックス」の状態。つまり自発的に取り組む人は、その取り組みの責任を一身に背負わねばならず、それゆえいわば「弱い」立場に立つことになる、という状態の典型例だ。
 その上、往々にして、この種の批判は「していない」人々、いわば「高みの見物」的な人々が声をあげることが多い。  現場で頑張る人たちは、取り組みの楽しさと同時に続けることのしんどさも実感しているから、「撤退」といった苦渋の選択を余儀なくされた人たちに対して無責任な批判をすることは少ない。
 しかし、「高みの見物」的な立場の人々は、そうした共感がない分、無責任に批判をぶつけてくるわけだ。この場合、自らの浅薄な正義感を持ち出して容赦なく批判してくるから、現場で頑張っている人たちをもっとも傷つけるものになってしまう。その意味でも、もっともたちの悪い無責任な批判だと言えよう。
 それに、そうした批判者にも、厳密には「責任」の一端はあるはずなのだ。社会貢献に熱心に取り組んでいる企業の商品を積極的に購入するといった形で、誰もが企業の社会貢献活動を応援できる立場にあるわけで、それをしなかったという意味で「高みの見物」派にも一端の責任があるからだ。
 もっとも、ここまでの議論では「社会貢献活動は続ける方が良いものだ」ということを前提にしてきた面があるが、そもそもこのこと自体、必ずしも自明ではない。
 よくボランティア活動の心構えとして「細く長く」ということが言われる。この意味として、「ボランティア活動のような社会的な取り組みは、その社会性ゆえ、長く続けなければならない。そのためにはあまりに派手なことをせず、細くとも地道にコツコツが大切なのだ」といった解説がなされたりする。
 しかし、ただ漫然と同じことを続けることは、まさにマンネリそのもの。開拓性を強みとする民間の自主的取り組みにとって、そのような活動の仕方が正しいことだとは簡単には言えないことだ。社会が大きく変化している今日、その変化に応じて柔軟に対応を変えていくことも必要だからだ。
 実は残念ながら大阪ボランティア協会でも、長年、ご支援いただいてきた賛助会員企業の中で、休会や退会を申し出られる企業が入会される企業を上回るようになってきた。民間の市民活動サポートセンターとして事業を進める協会にとって、民間の企業や市民からのご支援が減ることはとても辛いのだが、しかしそこで愚痴をこぼすのではなく、まず、これまでのご支援に深く感謝しなけばならないと思う。そして将来、状況が許せば、是非、ご支援を再開していただけるようお願いするということだろう。
 社会貢献の表舞台から去られる人たちには、慰労と感謝の言葉を贈りたい。

市民活動情報誌『月刊ボランティア』1999年10月号  (通巻349号)

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