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介護保険制度下のボランティアの役割

 十月一日に要介護認定が始まって以来、介護保険制度に対する報道は増える一方だ。約四十年ぶりに生まれる新しい社会保険だけに制度創設に対する不安も根強いし、実際、従来の福祉制度とはかなり異なる発想があるため、福祉制度全体に革命的影響を与える面がある。その改革の大きさと早さが不安を増幅しているが、改革の方向自体は時代の要請にマッチしていると思う。
 つまり介護保険がもたらす「改革」とは、一つは福祉サービスをサービス提供者との契約で利用できるようにすることだ。従来の福祉サービスは、いわゆる措置制度のもと、利用者がサービス提供者に直接申し込むことは出来ず、行政の判断を仰がねばならなかった。しかし介護保険制度では利用者が事業者を選べるようになる。これは介護サービスの利用者を「弱者」というより「消費者」として遇することでもある。行政に保護される立場から、消費者としてうまくサービスを使う立場に転換するのだ。
 しかも、そこには「介護の市場化」と呼べる仕組みが組み込まれている。従来は実質的に社会福祉法人と自治体がほぼ独占的に福祉サービスを提供してきたが、介護保険制度では指定事業者の基準さえクリアすれば、企業も医療法人も、あるいは特定非営利活動法人も、容易に介護保険市場に参入できる。介護保険に参入すると九割引で介護サービスを提供できる(利用者の自己負担は一割)が、一方で事業者間の競争を乗り切らねばならない。この競争を通じて利用者への売り込みが活発化し、介護サービスの質向上が競われることにもなる。
 さらに「競争」は自治体間でも進む。つまり在宅福祉サービスが充実している自治体ほど高齢者の介護保険料が低くなる仕組みになっているわけで、これが自治体間の保険料格差を生み出す理由だ。この格差を制度の問題点とする意見もあるが、この格 差が生まれるのは、それまでの自治体の努力の差であり、介護保険制度でそれがあらわになっただけだ。ともあれ、今後、自治体も競い合うことになるが、国より相対的に身近な自治体の施策だから、住民の関心が高まり、自治を進める効果もあろう。
 このように介護保険制度は、従来の福祉制度を大きく「改革」するものだ。従来の 秩序が大きく揺らぐだけに、特に既存の福祉制度利用者の中には既得権が奪われる場合も出てくる。その対策は確かに重要だがそのことが語られすぎて、これにより制度的に介護サービスを受けられる人々が急増する点を過小評価してはならないだろう。従来、制度的なケアを受けにくく、かつ自力で企業のヘルパーを雇うことも難しかった中間所得層を支えることになるからだ。
 介護保険制度は、介護を家族の情愛に基づく自発的努力に任せることで起こってきた悲惨な事態を解消するために生まれた制度でもある。実際、二年前、介護保険制度の是非が国会で議論された時も、税か社会保険かという財源論が問題になったが、そもそも介護は社会的に保障すべきだということでは、全国会議員が一致していた。この点は極めて重要なことだろう。
 これはボランティア活動にも共通することだが、情愛を支えとする自発的な取り組みは、それが自由な活動であるがゆえに「ここまですれば十分」という基準がない。そこで、援助する相手の深刻な問題に気づき、しかも責任感の強い人ほど、無理を押して問題に取り組む。その結果、結局、「頑張る人ほど疲れてしまう」ことになる。
 しかも、元来「人権」として保障すべき介護ニーズのような課題の場合、自発性自体が奪われやすい。権利を保障するには、義務的な対応が不可欠だ。しかし「しなければならない」と自らに言い聞かせる義務の活動は自分を縛るものとなり、次第に厭わしくなっていく。愛情から出発する家族の介護が、結果として痛ましい老人虐待にいたるのも、このような背景からだ。
 介護保険制度は、こうした悲劇をなくすために生まれたものだ。その意味で「介護保険の不足分はボランティアの手で」という議論はナンセンスと言うべきだ。制度によるサービスが不十分なら、保険料を上げるなり税金の投入を増やすべきだからだ。
 では、ボランティアの役割は何か。制度のチェックとともに重要なのが、話し相手や仲間作り、レクリエーションといった精神的な領域だ。孤独や自信喪失といった問題は介護保険では対応しにくいからだ。そして、ここで問われるのがボランティア自身の「人間観」。介護の必要な人を「かわいそうな人」と見るか「頑張っている人」と見るかで、関わり方はまったく違ってくる。ボランティアならではの活動が、今後、ますます重要になってくると言える。

市民活動情報誌『月刊ボランティア』1999年11月号  (通巻350号)

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