いよいよ世紀末だ。ミレニアムだ、世紀末だといってもキリスト教徒でない私にはあまり関係はないが、それでも普段の年末の倍くらいの感慨はある。その世紀末に、日本でもアメリカでも政治が混乱している。
覇権国にして唯一の超大国、アメリカの最高指導者が、選挙実施から二週間以上経ってもまだ決まらない。これはこれで前代未聞の異常事態だ。日本では政権党の大幹部が、現職の首相に対して公然と叛旗を翻した。あちらのは選挙制度の不備からくる一時の混乱のように見えるが、わが国の方は根が深い。単なる党内抗争に終わるのかそれとも大きな政界再編につながるのか、現時点ではわからないが、自民党政治が、以前は良くも悪しくも持っていた安定感を急速に喪失しつつあることだけは間違いない。ここ数年、日本の社会は激動に次ぐ激動に見舞われてきたが、いま進行中の政治劇は、そのクライマックスというよりは、むしろ序曲にすぎないだろう。日本社会の構造変化はまだまだ始まったばかりだ。
その構造変化を良い方向に推進すると期待された特定非営利活動促進法は、この十二月で施行満二年を迎えた。法律制定時の約束(附則と附帯決議)であったNPO支援税制の創設が、政局の流動化を受けて見通しが不透明になってきた。反対する官、とりわけ大蔵省を押しきる力として政治に期待がかかっていたのが、この事態で見通しがまったく見えなくなってきたのだ。
骨抜きのいい加減な法律ができてしまうよりは、むしろじっくり腰を落ち着けて一年後の実現を期した方がよいという声も、関係者からは出てきている。それがいいのだろう。物事には潮時というものがあるから、チャンスにすかさず動き、多少は不完全でもなにごとかを実現するという姿勢は確かに大切だ。三年前のNPO法案の運動の際は、その方針で良い法律ができたと思うが、今回はじっくりいきたい。
もうひとつ世紀末に飛び出してきたのが、例の「奉仕活動の義務化」だ。この欄でも続けて取り上げているが、大事なことなのでもう一度書く。
義務化を打ち出した首相の私的諮問機関「教育改革国民会議」は、青少年の現状を憂い、教育の荒廃を批判するが、荒廃しているのは教育だろうか。これまでの教育のあり方に大きな問題があったことは間違いないが、それは教師や学校などの現場だけのことではなく、例えば教育委員会のあり方など、「国民会議」が賛美する「体制」そのものの持つ問題の方が大きかった。その体制は従順で、画一的で、個性や健全な常識よりも所属組織への忠誠を優先させる、大量生産・高度成長に適した人材を輩出することを教育システムに求めてきた。そして私たちも、その体制を大方では了承して暮らしてきたのではなかったか。
「義務化」のような拙速で安易な対症療法は、間違いなく現実によって裏切られ復讐されるだろう。単純に考えればいい。いまの大人の、いったいどれほどが自信を持って少年たちに道徳を説けるのか。私たちは、少年たちに希望を持てる未来を贈り物として遺してやれているのか。大人たち自身の希望の回復がまず先決ではないか。
一億総懺悔をしようというのではない。現状を認めた上で、そこから希望を見出し、具体的な行動計画を立てていかなければならない。
これまで日本の社会を規定してきた基本的枠組みが揺らいでいる。いまの不況は、これまでのような単なる景気循環によるものではなく、経済構造そのものの転換からくるものだ。このトンネルを抜けたとしてもそんなに明るい未来が待っているわけではないことを、誰もが薄々感じている。
冒頭の政治の混迷も単なる政局の話ではなく、これも政治の構造そのものが変わろうとしている予兆なのだろう。右の「奉仕活動」云々も、教育システムだけの話ではなく、現代の私たちの生活と社会のあり方そのものが問われているはずなのだ。
古い枠組みが揺らぎ、それに代わる新しいものが見つからないまま、私たちは新しい世紀を迎えなければならない。希望はどこに見出せるのか。
市民活動の中から、市民自身が公共精神(パブリック・マインド)を培っていくこと。私的な生活も豊かに大切にしながら、他者との関わり、すなわち公共的な領域での協働を積み重ねてゆくこと。政治が私たちの意識や生活の正直な反映だとすれば、社会や政治を良くするには、日々の暮らしや活動を豊かにしていく他に道はない。
ただ、「公共」ばかりを論じるのもほどほどにしたいというのが世紀末の感慨だ。市民活動であれ政治であれ、何らかの価値の実現をめざしているはずだが、実現したい価値、また守るべき価値のその根拠は、一人ひとりの生活の中にしかない。「私」こそが根本であり、「私」こそが大切なのだ。自分に固有の豊かさや美しさを見つけられなければ、個性だとか多様性だとか言ったって浮ついた言葉が飛び交うだけだ。一人ひとりが、自分の物差しを持ち、数字では測れない豊かさを見つけることなしに、豊かな市民社会は訪れないだろう。
雑多に書き散らしてしまったが、みなさま、良いお年を。そしてこの国と世界が良い未来を迎えられますように。
市民活動情報誌『月刊ボランティア』2000年12月号 (通巻361号)
2024.12
人口減少社会の災害復興―中越の被災地に学ぶこと
編集委員 磯辺 康子
2024.12
追悼 牧口一二さん 播磨靖夫さん
編集委員 早瀬 昇