ある福祉系大学での一年生ゼミの一場面。後期にグループで取り組む研究テーマについて、全員で自由に意見を出し合っていた。一年生らしく「児童虐待」や「障害者の自立生活」などといった一般的なテーマが次々とあげられるなか、一人の学生が次のように発言した。「大学で学ぶ福祉の理想と、現実とのギャップを埋めるにはどうしたらいいか」。
担当教員はうなった。そして次のようにコメントした。「それを考え、その具体的な力をつけることこそが、皆さんの四年間の課題だと思う」。しかし、一方で教員は考えた。果たして今の大学教育でそのギャップを埋めていく「力」を身につけられるのかと。
実はその問題意識は社会福祉教育全体のテーマでもあった。去る十月七~八日に名古屋国際会議場において、日本社会事業学校連盟による「社会福祉教育セミナー」が開催された。これは、社会福祉専門職(ソーシャルワーカー)を養成している全国の大学、短大等が加盟しているもので、年一回開催されている。
今回のシンポジウムは「権利擁護」に焦点を当てたものだったので、当然のことながら、現実の児童、高齢者の虐待の問題やホームレスの問題等々が提起された。そこで、あらためてソーシャルワーカーとして、新たな社会サービスを創出する力や、現実のシステムを変革していく力、あるいは具体的な法律知識を駆使して問題解決をはかる力の必要性が確認されたのだが、そこで会場から問いかけがあった。「では、学生がそうしたよりダイナミックな問題解決能力を身につけるために、我々はどのような教育をすればいいのだろうか」と。
ところで、そもそもソーシャルワークとは何だろうか。日本で福祉職というと、一般のイメージとして、"お世話(援助)"や"介助"といった感覚が多いのではないだろうか。しかし、根元的な目標は人々の権利擁護であり、そのためには「社会の変革(social change)」は切り離せない。ここで国連の一機関である「国際ソーシャルワーカー連盟(International Federation of Social Workers)」が二〇〇〇年七月の総会で採択した最新の定義を紹介しておこう。
「ソーシャルワーク専門職は、人間の福利(ウェルビーイング)の増進を目指して、社会の変革を進め、人間関係における問題解決を図り、人びとのエンパワーメントと解放を促していく。ソーシャルワークは、人間の行動と社会システムに関する理論を利用して、人々がその環境と相互に影響しあう接点に介入する。人権と社会正義の原理は、ソーシャルワークの拠り所とする基盤である」。
この国際的な定義を読むかぎり、ソーシャルワークの基盤は、驚くほど市民活動団体のミッションとつながっていることに気づくだろう。たとえばここにあがっているキーワード、すなわち社会変革(socialchange)、エンパワーメント、解放、人権、社会正義(social justice)等は、実は、多くのNPO/NGOがある意味で日常的に考え、使っている言葉である。
もとより教育や専門職養成は、一面的に論じることはできない。幅広い分野の学習や多様な経験によって培われていくものである。長期に渡るものであり、その評価もむずかしい。それらをわかった上で、一つの可能性を検討してみたい。すなわち「変えていく力」の学び方についてである。
先にソーシャルワーカーとして必要であるが、これまで大学教育のなかで十分に対応できていないものとして、新たな社会サービスを創出する力や現実のシステムを変革していく力、法律知識を駆使して問題解決にあたる力などを述べた。では今、これらに最も集中して取り組み、成果をあげているところはどこだろうか。そのための手法や戦略を蓄積しているところはどこだろうか。
それは、多様な社会課題に多様な方法で取り組んでいる市民活動団体のなかに発見できるのではないだろうか。たとえば、ニーズに応じて新たな福祉サービスを生み出しているNPO、従来の行政や企業のシステムを変えるべくあらゆる工夫をしている団体、署名活動、住民投票、議会への働きかけなど、具体的な問題解決手法を駆使している団体などがある。こうした市民活動の手法から、具体的に学ベることは山のようにあるだろう。 ただ、その前に課題もある。市民活動団体の側に、これまで展開してきた活動をふりかえり、その手法や戦略を整理することも必要だ。それなしに、ただ学生が訪問しても(それだけでも学びはあるが)、単なる「体験」止まりである。その整理の部分に社会福祉専門職が関わっていけないかとも思う。
このように、相互に学びあう循環をソーシャルワーカー教育と市民活動団体の間で作れないものだろうか。それはまた、二十一世紀の大きなテーマでもある「市民学習」のあり方にもつながるものだろう。
市民活動情報誌『月刊ボランティア』2001年11月号 (通巻370号)
2024.12
人口減少社会の災害復興―中越の被災地に学ぶこと
編集委員 磯辺 康子
2024.12
追悼 牧口一二さん 播磨靖夫さん
編集委員 早瀬 昇