もし、世界が百人の村だったら、そのうちボランティア活動をしている人はいったい何人いるのだろう。
言わずもがな、この問いの立て方は、昨年十二月に出版されベストセラーになっている『世界がもし一〇〇人の村だったら』(池田香代子再話、C・ダグラス・スミス対訳、マガジンハウス発行)に倣ったものである。世界が百人の村だったら、九十人が異性愛者で十人が同性愛者であり、七十人が有色人種で三十人が白人。また、すべての富の五十九%を六人のアメリカ人が所有しており、二%を二十人で分けあっている、というように、この本は百という数字を用いることによって、不思議とリアルに世界の現実を”感じる“効果をもたらしている。実際、この絵本を読んで涙したという若者に何人も出会ったほどだ。
さて、本題に戻ろう。ボランティアは何人になるのだろうか。世界では皆目わからないが、日本ではどうだろう。平成十二年版国民生活白書では、社会福祉協議会、赤十字奉仕団、社会教育施設で把握されているボランティア数がでており、それを合計すると約一一四〇万人となる。したがって百人に換算すると八人程度というところだろうか。もちろん、それがすべての数であろうはずがない。たとえば、少数派の権利擁護の運動をしている人々は含まれるのか。政治との関わりで活動展開している人々は? 「指一本でできるボランティア」(某テレビCM)は?
そもそも何をもって「ボランティア」と言うのか。ボランティアの定義は何だろうか。
もちろん、ボランティア活動を厳密に定義づけたり、それをもって様々な取り組みについてボランティア活動か否かを峻別することは、実践者や現場においてはあまり意味がないことだろう。少なくとも、実際にボランティア活動をしている人々は、その定義づくりに労力をそそぐより、実践現場の課題に取り組むことの方がずっと重要だ。
しかし、あらためて、この問いに正面から向き合わねばならないという思いを強くすることがあった。
それは、先の絵本と同じ昨年十二月に出版されたある本からである。大手新聞の書評にも紹介され、ボランティア関係者の間で静かに話題になっている中野敏男著『大塚久雄と丸山真男~動員、主体、戦争責任』(青土社)である。この本は、戦後啓蒙思想の代表的思想家と呼ばれた大塚・丸山両氏の思想的営みを批判的に分析した力作であるが、その中で、かなりの部分を割いて「ボランティア」についても批判的に論じている。著者は、ボランティアという生き方は、「何かをしたい」という意思〈自発性〉だけがあって、それ自体としては「目的」や「中身」をもたないものであると指摘し、それゆえ、国家の呼びかけに応え、国家を補完する無自覚的なシステム動員への参加者になりかねないと批判する。
たしかに、一九八〇年代頃より、ボランティア推進機関等における関係者は、〈自発性〉に最高の価値をおき、それをことさら強調してボランティアを語ってきたきらいがある。それは、従来の「献身」や「慈善」「奉仕」といった重く狭いイメージを払拭するために、あえて強調したと言っていいだろう。しかし、そこには暗黙の、ある前提があった。
その後、九十年代に入ると、相次いで国の審議会答申でボランティア活動推進に言及されるようになった。たとえば生涯学習審議会答申ではボランティアについて「個人の自由意思に基づき、その技能や時間等を進んで提供し、社会に貢献すること」、国民生活審議会総合政策部会では「自発性に基づく行為であり、慈善や奉仕の心、自己実現、相互扶助、互酬性といった動機に裏付けされた行動」と定義されている。中には「いつでも、どこでも、誰でも、気軽に」という標語が提起されたものもあった。
これらの定義は、もちろん間違いではない。しかし、ここに、暗黙の「ある前提」はあるのだろうか。八〇年代に入ってから、ボランティアの世界であえて語られなくなってしまった暗黙の「ある前提」とは何か。
それは「市民自治」である。中野氏が指摘するように、確かに「自発的」だからといってシステムから「自立」しているとはいえない。当然、ボランティア活動は、国家システムから自立した「市民自治」を目指すものであった。それは、ボランティア関係者にとって暗黙の前提であったはずである。
しかし、この二十年、あえて強調しなくなっていたことにより、いつの間にかそれは暗黙の前提ではなくなっていたのかもしれない。
中野氏は単にボランティア批判にとどまらず、「市民社会の国家からの自立」やそもそも「人間の主体の自立」という論点にまで疑問を投げかけているのだが、ともあれ、中野氏によるボランティア批判に限って言えば、それはむしろ「市民自治」を明確に語ってこなかった、我々ボランティア活動推進機関の関係者への痛烈な批判として受け止めるべきかもしれない。
市民活動情報誌『月刊ボランティア』2002年3月号 (通巻373号)
2024.10
「新しい生活困難層」の拡大と体験格差〜体験につなぐ支援を〜
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2024.10
再考「ポリコレ」の有用性
編集委員 増田 宏幸