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有権者として、寄付者として問われる「市民」 ~辻元清美氏、議員辞職から考えること~

大阪ボランティア協会事務局川口 謙造

 社民党の辻元清美衆議院議員が辞職をした。特定非営利活動促進法(通称、NPO法)の実現に向けて中心的な役割を果たした市民派議員の辞職は、国会だけではなく市民活動界にも大きな波紋を投げかけている。
 辞職の原因となった辻元氏の政策秘書給与流用(それは、いわば「公的流用」なのだが)の事実、その疑惑が発覚した後の辻元氏や社民党の対応、また公設秘書制度自体のあり方など、マスコミでさんざん取り上げられたので、ここでそれを後追いする必要はないだろう。しかし、今回の問題は国会議員のあり方に限定されず、市民運動、活動のあり方を問うものとして捉えることができるのではないか。

 今回、問題となった「政策秘書」は、本来、国会議員に求められる政策立案力を高めるため、その補佐をする人材を議員が雇い、給与を国が負担する制度である。そのような目的のもと支給される国費(税金)が、政治活動に必要な資源として多くの私設秘書を抱える議員の負担軽減のため「流用」されていたわけである。そのことは明かに違法であり、辻元清美氏の引責は逃れられるものではない。市民活動の仲間としては非常に残念だが、彼女自身が下した「辞職」という苦渋の決断はやむを得ないものであっただろう。
 しかし、ピースボートという市民活動から政界に転じた辻元清美氏は、労働組合出身議員が多い社民党に新風を吹き込んだと言われていた。いわゆるバックを持たず活動資金は不足していたが、その分、特定団体との利害関係に束縛されず、市民の立場にたった自由な政治活動、政策立案活動が期待されていたのだ。彼女に称じられた「市民派」の所以はそこにあったはずだ。
 ただ、ここで考えなくてはならない問題は、そのように期待されていた市民派議員が、なぜ違法な国費流用をするという事態に陥ったか、ということだ。もちろん、「自らを厳しく律する」努力が足りなかったという議員個人の問題もあるが(一部、マスコミの論調として、「市民派議員だからこそ潔白であるべし」というものがあるが、潔白が求められるのは全議員だ)、同時にその議員に期待していた、託していた「市民」が、その政治活動をいかに支えていたかという問題がある。そのことについて、「彼女が議員の職を去ることは日本社会にとって非常に大きな損失。市民運動も社民党も彼女をきちんと支えてきたとはとても思えない」(三月二十六日付、朝日朝刊)と辛淑玉氏が指摘している。

 大阪ボランティア協会は、二〇〇一年二月、ボランティア国際年を記念し、「市民としてのスタイル」というシンポジウムを実施した。それは、市民の政治活動への参加も含め、今後のボランティア、市民運動のあり方について議論をするものであった。実は、その場に辻元清美氏を討論者の一人として招いていた。当日は、フロアからの活発な質疑もあり大いに盛り上がった。
 奇しくも、市民、NPOの政治活動参加への抵抗意識、バイアスを取り除き、議員とも連携して積極的な参加を高めていこうという議論があったと記憶している。そして、それらの議論で特に印象に残った言葉に、「国家や政治家に愚痴をこぼす前に、何よりも市民自身が自らを問うべき」というものがあった。
 では、市民による政治活動への参加、支援の具体的な方策は何が考えられるのだろうか。
 ひとつに、託したい政治家への活動資金の支援だろう。具体的には寄付である。辻元氏もこれまでに多くの支援を得ていただろうが、今回のことで正当に私設秘書を雇うだけの資金が集まっていなかったことが判明したのだ。
 ただし、当然、寄付を受けるためのマネジメントのあり方が問われる。市民自らが寄付という活動への参加意識を高めることは大切だが、同時に支援を求める側の戦略性が問われるだろう。市民活動、市民参加の政治活動に求められるのは、潔白性といった精神論ではなく、あくまで市民の支援を獲得するための運営戦略だ。そのためには、市民の信頼、共感を得るためのさまざまな働きかけが必要で、多大な労力がかかる。辻元氏がそのことを怠っていたとは思わないが、辛氏が指摘するように、彼女を支える市民団体がいかに協力してきたかが問われる。
 また、共感に基づく支援財源としての市民からの寄付は、現状では、いつも「当てにできる」安定した財源ではないかも知れない。しかし、政治への市民参加を重要視するなら、あくまでこだわっていきたい財源である。

 最後に、政治活動においてもうひとつ重要な市民参加の具体的な行動は「投票」だ。
 辻元氏の辞職にともなう補欠選挙(衆院大阪十区)は十月に実施される。自らの辞職を原因とした補選への立候補は禁じられており、補選前に衆院が解散・総選挙とならない限り辻元氏の立候補はない。しかし政治状況はどうなるか分からない。もしかしたらそう遠くない日に、立候補の可能性がないとは言えない。
 さて、その時、「有権者」としての市民が問われることになる。今回のことについて自分自身はどう考えるか。私は、辻元氏の選挙区在住者ではないので投票はできないが、もしそうならば、どのような選択をするか。自分自身の政治意識を高める絶好の機会としたいと思っている。

市民活動情報誌『月刊ボランティア』2002年5月号   (通巻375号)

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