ボラ協のオピニオン―V時評―

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なぜ今、「エンパワメント」なのか?

編集委員吐山 継彦

 エンパワメント。「最近よく耳にする言葉だけど、本当はどういう意味なんだろう。そう言えば、大阪ボランティア協会にも『市民エンパワメントセンター』というのができたらしいけど…」などと思っておられる読者も多いのではないだろうか。近ごろ、NGOやNPO、男女共同参画社会や社会福祉関連の文献、記事を読んでいると、頻繁に出てくる。
 「YAHOO! JAPAN」で「エンパワメント」もしくは「エンパワーメント」で検索すると、ページ検索でそれぞれ二千七百七十件と九千三百四十件ものページ数がある。これに対して、アメリカの「YAHOO!」を使って「empowerment」で検索すると、なんと六十一万九千件ものヒット数がある。おまけにインド政府には「Ministry of Social Justice and Empowerment」、つまり「社会正義&エンパワメント省」という役所まであることがわかった。
 以上のことから推測できることは、エンパワメント(エンパワーメント)という言葉は英語圏では全く当たり前の単語になっているが、日本語としてはまだまだ定着しているとは言い難い、だけど、その意味内容や基本的なコンセプトは大変注目されており、日本でもいろんな分野で使われだしているということなのではないだろうか。
 英語の「empower」という動詞は、「権限を与える、権限を委譲する」の意味で、以前からあった言葉だが、「empowerment」と接尾辞-mentが付いて名詞化されたのは、そんなに古いことではないようだ。七十年代に出版された英英辞典を見ても、他動詞だけで名詞形は載っていない。
 そこで、インターネットなどを使っていろいろ調べてみると、どうも最初にエンパワメントという言葉を書物の中で使ったのは、アメリカの社会福祉関係の学者で、バーバラ・ソロモン(Barbara Solomon)という人物らしい。同氏による『Black Empowerment(黒人のエンパワメント)』という本が一九七六年に出版されている。
 エンパワメントというコンセプトは、黒人解放運動や女性解放運動、アナキズムやマルクス主義等々の幅広い政治的な運動から生成発展してきたもので、大まかに言って二つの意味で使われる。一つは、自分自身の力を取り戻すこと、二つ目は、他の人に力を与えること、である。もう少し詳しく見ていくことにしよう。
 ソーシャルワークの世界で言う「エンパワーメント・アプローチ」とは、被援助者が自ら、もしくは援助者と協働して、社会的・政治的・経済的な力を獲得していくのをサポートすることであり、一方的にケースワーカーが援助・指導するのではなく、被援助者との協働作業に重点を置くというニュアンスだ。
 また、「世界女性会議」の文脈では、女性たちが過去の社会的・構造的な差別の中で奪われてきた、しかし本来は自らの中に備わっている能力を取り戻すことを意味している。女性たちが意識と能力を高めることによって、政治的、経済的、社会的、文化的な力をもった存在になること、という意味で使われることが多いようだ。
 それから、今流行りのビジネス・コーチングの手法では、相手が自分の能力を引き出せるような質問の仕方をすることによって、部下なら部下の能力を高めていくことを言う。
 その他、ITエンパワメントとかインターネット・エンパワメントという言葉もあり、これはITやインターネットの発達で個人が情報力を獲得したことにより、さまざまな制約(資金的、組織的、時間的、空間的な制約や、専門知識や特殊な機器の制約)から解放され、個人の能力と可能性が飛躍的に増大することを意味している。
 他にも、地域開発分野では、国内的には補助金行政から脱却して、また、国際的には外国からの援助に全面的に依存するのではなく、地域の人や資源を生かしその地域独自の開発・発展をすることで、いわゆる”内発的発展“の意味で使われるようだ。
 これらの文脈から読み取れる「エンパワメント」の意味の根幹は”パワー“の概念である。パワーをエリートだけの特権にするのではなく、市民一人ひとりが力・能力を獲得しないかぎり、無知や貧困や飢餓や戦争といった世界に蔓延する悲惨の根本原因はなくならない、という基本的な認識があるように思う。
 今、エンパワメントがこれほど注目されている原因は、やはり個人の時代、市民の時代が確実に始まっているからだろう。政府・行政と私企業という二つのシステムだけでは、力を剥奪されてきた人々(途上国の人々、障害を持つ人々、女性たち、高齢者、子どもたち等々)がパワーを取り戻し、より深い民主主義(動物や植物を含め、もっと多くの”人々“の声を反映させるシステム)を実現することは不可能だ。第三のシステムとしての市民社会が十分に機能し、個人が主体的に社会変革に参加できるようになるためには、当然、市民一人ひとりのエンパワメントが必要とされているのである。

市民活動情報誌『月刊ボランティア』2002年7・8月号 (通巻377号)

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