既に新聞各紙で報じられご存知の読者も多いだろうが、角川書店が昨年一月、雑誌・新聞の名称として「NPO」と「ボランティア」という言葉の商標登録を申請し、この申請が今年四月二十五日に特許庁に認められたことが分かった。インターネットを介してこのことが報じられた六月三日以降、これにより「NPO」や「ボランティア」という言葉を含むタイトルで雑誌などを発行する場合、すべて角川書店の承諾が必要になるのかとの懸念が広がった(これは後述のように正確ではない)。
そこで六月五日に新聞などで大きく取り上げられ、その報道を受けて角川書店が翌日の全国紙朝刊に社告を掲載。自らの商標権は「各地のNPOもしくはボランティア団体が非営利の目的で『NPO』や『ボランティア』の文字を含むタイトルの新聞、雑誌、機関紙、会員誌、パンフレット、リーフレット、その他の印刷文及び書籍を発行する場合には及ばないと考えております」と宣言する事態に発展した。
「商標」、すなわち商品やサービスに付される名称や記号などの目印には、それが付されている商品などの出所を示し、その品質を保証する機能がある。そこで、誰もがむやみに同様の商標を使えないよう商標登録者の権利を保護し、登録者の信用維持と消費者など利用者の利益を保護する。これが商標制度の趣旨だ。
登録された商標は登録された商品などの分野で専用でき、他者が登録商標と「同一又は類似」の名称などを使うと商標権の侵害として、侵害行為の差し止めや損害賠償などを請求できる。
この商標制度自体は、もちろん必要な制度だ。事実、非営利団体でも商標を登録している例は少なくない。
たとえば、財団法人たんぽぽの家は「エイブルアート」を商標登録している。同会には当初、「エーブルアート」という思想を広げたいとの思いもあり、あえて商標登録はしない考えもあった。しかし、まったく異なるものに同じ名称が使われる事態が起こったことから、商標として登録したという。このように私たちの活動に対する社会的信用を守るため、時には商標という制度を活用することも必要になってくる。
では、今回の「NPO」「ボランティア」という言葉を雑誌・新聞の商標として認めた特許庁の判断は妥当なのだろうか。
この問題を検討するには、商標の効力がどのように働くかが鍵になる。
まず角川書店の社告では、非営利目的の使用に対しては商標権が及ばないとの判断が示された。確かに商標法では、商標の定義として「業として…使用する」という規定があり、要はボランティアグループなどが時々「ボランティア」という機関紙を無償で発行するような場合、商標権を侵害するとはみなされない。
しかし、もしNPOが有償で継続的に発行した場合はどうか。そもそも商標権は営利目的かどうかにかかわらず成立するが、先の社告は「非営利目的なら黙認します」と読め、そこには角川書店が市民活動を支援しようとする姿勢も感じられる。しかし、もしその情報誌が書店で販売されるならどうか。おそらく姿勢は違ってくるだろう。
もっとも、商標の効果は「同一又は類似」するものに対して成立する。つまりそのものと区別できないほど似ているかどうかが問題となる。一般には「類似」の範囲は広いが、新聞・雑誌等の定期刊行物だけは、その「題号は、原則として、自他商品と識別力がある」とする運用基準を特許庁が定めている。定期刊行物は、他の商品などと違い、少しの名称の違いでも読者は識別しているという特許庁の判断からだ。
今回、角川書店が商標権を得たのは、その雑誌・新聞の商標としての「NPO」と「ボランティア」。そこで「NPOマガジン」や「ボランティア通信」なら、この運用基準に照らせば認められるはずだ。実際、「俳句」と共に、「現代俳句」「俳句現代」なども商標が認められている。
ただし「月刊NPO」ならどうか。この場合「月刊のNPO」という発行形態を示すだけで、別の商標とは認められないことが一般的だ。過去に類似すると判定された事例を調べても、印刷物・書画等で「週刊流通」と「流通」があった。
ところが、雑誌・定期刊行物で「文化生活」と「画報文化生活」、雑誌で「新少年」と「週刊少年」、新聞・雑誌で「プレジデントレター」と「プレジデント」も類似とみなされたという。こうして見ていくと、類似の範囲は実に微妙だ。
結局、今回の特許庁の決定で「NPO」「ボランティア」の言葉を含む雑誌や新聞の名称すべてが禁止されるわけではないが、これらの言葉を含む名称にしようとすると”常に“角川書店の商標に抵触するかどうか気にしなければならなくなったと言える。
つまり今回の商標登録はNPOやボランティアに関わる雑誌名の「交差点の真ん中が押さえられた」(「市民活動センター神戸」の実吉威事務局長の言葉)ようなものだ。もし今回登録された商標が「NPOマガジン」だったなら、いわば「交差点の隅」が押さえられただけで「月刊NPO」などを発行する障害にはならない。「NPO」や「ボランティア」という公共的な用語そのものの商標登録が認められたことで、公共性の高い市民活動が自由に活動を進める際の障害となる可能性が高いと言える。
そこで今、特許庁に対して、今回の登録に対する異議申し立てが準備されている。
ともあれ今回の事件は、分かち合いを重視する市民活動の世界と、占有を旨とする世界との接点が深まる中で生じたものと言える。そこで問われるのは公共性。多くの市民活動団体が機関紙のタイトルに使う「NPO」「ボランティア」だからこそ反発が広がったからだ。その意味で今回の異議申し立ての結果は、公共的な用語を今後どう扱うかの試金石となるものでもあろう。
市民活動情報誌『Volo(ウォロ)』2003年7・8月号 (通巻387号)
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