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児童虐待事件の 多発に思う 子どもの権利条約批准十周年に当たって

編集委員牧口 明

 このところ、児童虐待に関する悲惨なニュースが相次いでいる。とりわけ、大阪府岸和田市で、中学三年生の男子が実父と継母から一年半にもわたって暴行、食事制限等の虐待行為を受け続け、昨年十一月に餓死寸前のこん睡状態で病院に運び込まれた、というニュースは、本年一月の両親の逮捕によってマスコミ報道がなされ、多くの人に大きな衝撃を与えた。
 この事件が人びとに衝撃を与えたのは、虐待行為の残虐性はもちろんのこととして、それが一年半という長期にわたり、決して一時的な感情の爆発というようなものでなかったこと、虐待を受けていた中学生は学校の成績は良く、一年生の時には学年代表を務めるなど、いわゆる「虐待のハイリスク児」ではなかったこと、年齢も中学三年生(虐待が始まったときは二年生)と、この種の事件の被害児としては比較的年長であったこと(虐待の被害児は乳幼児が多い)、被害児が在籍していた中学校の教職員をはじめ、児童相談所、近隣住民などが虐待の可能性を感じながらも、結局見過ごしてしまったことなどのためではないかと思われる。
 この種の事件が起こるたびに、学校や児童相談所(行政)の対応の是非が問われ、関係機関同士の連携や親権の停止を含む強権的な介入の必要性といったことが論議される。今回もまた、そのような議論をもとに児童福祉法や児童虐待防止法の改訂作業がおこなわれている。
 また、このような場合、必ずと言ってよいほど学校への心理カウンセラーの配置ということも論議される。もちろん、そうした対応がまったく無意味だとは言わない。虐待によって心の奥に深い傷を負ってしまった子どもには、その心の傷をいやす精神科的もしくは心理的援助も必要だろうし、親自身にもそうした援助が必要な場合が多いと思われる。しかし、その前に考えなければならないことがあるのではないだろうか。
 この事件や、その後も続いている虐待報道の関連で各マスコミでも報道されていることだが、全国の児童相談所が対応した児童虐待のケースはここ十年余りで急激に増加している。児童相談所の相談・処理内容として虐待の統計がとられはじめた一九九○年度には一千件余りであった件数が、二○○二年度には二万三千件余りと、およそ二十三倍にもなっている。
 もっとも、これを単純に虐待自体が増えたと見る見方は必ずしも的を射ていないだろう。むしろこの数字は、虐待に対する社会の関心がそれなりに高まってきて、それまでは見過ごされてきた虐待ケースが、とにもかくにも児童相談所の相談の場にまでは持ち込まれるようになったのだと見るべきではないかと思う。
 いずれにせよ、児童相談所に寄せられる虐待相談の件数はうなぎ登りで増加している。だとすれば、その持ち込まれた相談に対応するべき児童相談所の受け入れ態勢の問題がまず問われなければならないのではないだろうか。
 このことに関して、岸和田事件の関係者の一人である大阪府中央子ども家庭センター(児童相談所)所長の赤井兼太氏は、朝日新聞への寄稿の中で「02年度の府の虐待相談処理件数は2488件。この10年で約16倍になった。だが、(児童)福祉司の数はわずかに増えただけで、絶対的に足りない」「現状は『竹やりでB29と戦え』と言われているのと同じだ」と語っておられる(二・二十六日付朝刊。カッコ内の語句は筆者加筆)。
 赤井氏も述べておられることだが、高い専門性を要求される児童福祉司に一般行政職員を起用する自治体が多い中で、大阪府は大学で福祉・心理を専攻した人材を配置し、その専門性は全国の自治体の中でも有数とされている。人数的にも、人口比で見れば全国で五番目に位置する。その大阪府ですら「現状は『竹やりでB29と戦え』と言われているのと同じだ」と言うのであるから、あとは推して知るべしであろう。
 ちなみに、児童福祉法施行令に規定されている児童福祉司配置基準は人口十万~十三万人に一人であるが、これは、同四千~五千人に一人とされるイギリスやアメリカの二十分の一以下でしかない。さすがに厚生労働省もこれでは少な過ぎると判断したのか、地方交付税交付金の算定基準において、〇三年度までに人口七万四千人に一人というところまでは改善してきているが、それでもまだ、イギリスやアメリカに比べると十五分の一程度の人数にしかならない。しかも、その基準すらクリアしていない自治体が五五%もある現状なのだ。これでは、起こってしまった虐待事件への対応はもちろんのこと、その予防への取り組みなど絵空事と言っても過言ではない(先日の報道によると、〇四年度の交付金の算定基準は六万八千人に一人となるようである)。
 折から、今月は、一九九四年四月に日本が子どもの権利条約を批准して丸十年を迎える。去る一月三十日には、条約の規定に従って、国連子どもの権利委員会宛に日本政府から提出された、条約の履行状況に関する第二回報告書に対する委員会の最終所見も採択された。そこでは、児童虐待の問題に関して、(1)市民社会、ソーシャルワーカー、親及び子どもと連携しながら、児童虐待防止のための分野横断的な国家戦略を策定すること、(2)家庭で虐待の被害を受けた子どもを対象とした保護措置を改善するために法律を見直すこと、(3)子どもに配慮した方法で、苦情を受理、監視、調査、及び訴追する方法について、裁判官、ソーシャルワーカー、児童相談所職員、及び検察官に提供される研修機会を増加させること、といった内容の勧告がなされている。
 子どもの権利条約では、その第十八条で「父母又は場合により法定保護者は、児童の養育及び発達についての第一義的な責任を有する。児童の最善の利益は、これらの者の基本的な関心事項となるものとする」と規定している。これは逆に言えば、「児童の最善の利益」を図らない父母又は法定保護者は、その資格(親権)を問われることになるのだと理解することもできる。
 日本政府が子どもの権利委員会に第三回目の報告をおこなうのは、〇六年五月とされている。その時までに私たちの社会は、どれほどこの問題に取り組み、悲劇を未然に防ぐ態勢を整えることができるだろうか。

市民活動情報誌『Volo(ウォロ)』2004年4月号   (通巻394号)

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