ボラ協のオピニオン―V時評―

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「活用」ではなく「自己変革」を

編集委員早瀬 昇

 「ボランティアを活用して、多彩な公共サービスを地域に提供したい」「地域のNPOを発掘・活用して、地域住民とのネットワークを広げたい」…。
 ここ数年、市民活動と自治体の協働のあり方を学ぶ自治体職員研修が各地で実施されているが、これはある研修会のワークショップでの一コマ。参加した職員の市民活動団体への期待から冒頭の発言が続いたわけだが、やはり引っかかった。
 「活用」はないのではないか!
 「利用」と言われるよりは、まだマシとは言え、いくら「活かす」からといっても、「用いられる」のは御免こうむりたい。私は主体的に、自らの意志と意欲で活動したいのであって、公務員の皆さんの悩みを解消するために用いられる、つまり使われるのはまっぴら御免だ。私はあなたたちの道具や資源ではない…。
 そこで、講評の際には、このように話した。
 「今日は『活用』という言葉がたくさん出ましたが、ボランティアやNPOを単なる社会資源と考えないで下さい。『協働』とは、関わる人すべてに得る(WIN)ものがある『WIN・WINの関係』でなければなりません。住民も、自治体も、そして市民活動団体も、それぞれに満足できるプログラムを、どう作るか。それが『協働』を進める際の最重要ポイントです」
 こうした話をしつつ、この言葉がブーメランのように私自身にも迫ってきた。「これは、行政と市民活動の間だけの問題だろうか?」と。

 実際、市民活動を進める私たち自身も、たとえば「ホームページ作成のできるボランティアを募集します」といった形で市民の応援を求める。そんな時、当然、ホームページ作成能力にたけた人を求めるわけだが、そこで「活用」という言葉は使わずとも、実際は「用いる・用いられる」という関係が生じる可能性はないだろうか?
 つまり私たちは活動を進めるため、即戦力として活躍してくれる”有能“な人に関わってほしいと望む時、同時に「あまり手のかかる、役に立たない人は困るな」という気持ちも生じる。しかしこの姿勢は、自治体職員が市民を社会資源として期待することと、そう変わらない。
 私たちは行政から「活用」などと言われると反発するけれど、実は私たちも他者を「マンパワー」(労働力)として期待することは、少なからずあるわけである。
 しかもこうした状況は、禁欲的・犠牲的に自らを律し、社会の問題解決に努力しようとする中でこそ、よく起こる。
 同じテーマに関心を持つ仲間と仲良く楽しく活動を進めようという活動スタイルの場合、仲間を「資源」的に見る関係は生じにくい。目標達成も大切だが仲間同士の交流も大切という時、その仲間を活用して…ということにはならないからだ。
 一方、ともかく大きな目標実現のために頑張ろうとする場合、この目標実現が最優先になり、自らも含めて仲間がその「手段」と位置づけられることさえある。

 どちらも極端な例だが、このような問題については「両方の志向の調和・バランスが肝腎だ」ということで話が終わってしまうことが多い。しかし、ここで「バランス」と言ってしまうと、新たな展開が難しい。より生産的な視点はないだろうか。
 この問題について本誌編集委員で龍谷大学教員の筒井のり子さんは、ボランティアコーディネーションの原理にも通じることとして、「仕組みや関係する人々が変わる」姿勢を持つことの重要性を指摘している。
 受け入れる側が仕組みや体制を変えず、その不足を解決するために誰かを求めるという関係だと、課題解決の「穴埋め」的な形で相手を利用することになりやすく、またこちらの都合に合わない人を排除することにもなる。これは一応、機能的なのだが、その成果は今の仕組みで見通せるレベルにとどまるものとなりやすい。
 一方、相手の状態に合わせてこちらが変わる大変さを引き受けるとともに、相手も変わるよう働きかける(これはこれで大変!)というダイナミズムが成立する環境だと、状況は変わってくる。互いに主体的な発見や学びがある。そこで未知の世界が開けることも少なくない。音楽評論家の渋谷陽一さんが「融合のマジック」と呼ばれている姿だ。
 とても抽象的な話で恐縮だ。具体例で言うと、私はこんな体験を続けている。
 自治体の施策における「協働」のあり方を検討するため、市民公募委員を交えた施策作りの委員会や懇話会が作られている。これまでいくつかの自治体の委員会などに参加してきたが、基本的なテーマは共通。しかし市民公募の委員にとっては初めてこのような検討に加わるわけで、委員会が始まってしばらくは経験も意識もバラバラな皆さんとの調整に苦労する。同じ体験を何度か重ねてきた立場からは過去の経験の延長上で考えがちになり、施策作りなどに慣れておられない市民の皆さんの、時に頓珍漢とも思える提案に戸惑うこともしばしば。しかし、会合を重ねるうちに、市民が主導する形で新しい視点や提案が数多く生まれ、それぞれの自治体の個性が生まれてくる。
 元来、同じテーマであるだけに、その多様な広がりに感心してしまう。

 こうした作業は、現実にはなかなか大変なことだ。紆余曲折を重ねることに耐えねばならず、肝腎の成果が生まれるまでに時間もかかる。一人ひとりに合わせた働きかけも必要で、特に短期的な成果が求められるような場合、これはなかなか難しい。
 しかし、一人ひとりを大切にしつつ単なる組織維持にとどまらず、かつ最終的には大きな目標をみんなで実現することは、長期的に見て、とても意味のあることだ。
 だから、市民との「協働」を進める自治体は、「協働」を通じて行政システム自体の変革を考えることが必要不可欠となってくる。また私たちも多様な人々との出会いを喜び、相互の関わり合いを通じて新たな視点や取り組みが生まれることを楽しめる余裕を、持ちたいと思う。

市民活動情報誌『Volo(ウォロ)』2004年10月号  (通巻399号)

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