ボラ協のオピニオン―V時評―

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「奉仕活動義務化」への懸念

編集委員筒井 のり子

 杞憂に終わればいいと思っていた。しかし、「奉仕活動の義務化」が、ついに現実のものとなろうとしている。
 東京都教育委員会が、二〇〇七年度から、すべての都立高校で「奉仕体験活動」を必修科目とするという方針を明らかにしたのだ。公立高校で、奉仕活動を必修化するのはもちろん初めてのこと。都立高校は約二百校あるが、早速来年度から二十校を研究指定校とし、導入を開始するという。
 これは、卒業に必要な単位として、一単位(年三十五時間)を設定し、十時間程度は座学。残りは、福祉施設での生活支援、地域行事や子どもたちの野外活動の手伝い、森林の維持管理、河川・公園の清掃など行わせるというものだ。
 新聞報道によれば、都教育委員会の幹部は、「内容はボランティア活動と変わらない」と述べているようだが、もし、これをボランティア活動と同義に考えているとしたら、とんでもない間違いであるし、また、そうでないとしても、なぜ、わざわざ「奉仕活動」を義務化しなければならないのかは大いに疑問である。
 そもそも「奉仕活動の義務化」構想が浮上したのは、二〇〇〇年七月、当時の森喜朗首相の私的諮問機関である「教育改革国民会議」第一分科会の曽野綾子委員の「日本人へ」と題する報告であった。小・中学生二週間、高校生は一カ月間、合宿形式で、農作業や森林の整備、高齢者介護などの人道的作業に当たらせる、という内容だった。九月にはこの内容が正式の中間報告に盛り込まれたが、この構想に対し、賛成反対の論議が活発に展開されたことから、十二月の最終報告では「奉仕活動を全員が行うようにする」という表現に落ち着いた。
 この報告を受けて、二〇〇一年七月に学校教育法と社会教育法の改訂が行われ、それぞれ、“ボランティア活動など社会奉仕体験活動、自然体験活動その他の体験活動の充実”といった内容が盛り込まれた。「国民会議」で議論になった“義務化”は前提とされず、むしろ“環境整備”を課題とした点は評価できるが、一方、「国民会議」の際には明確に区別されていた“奉仕活動”と“ボランティア活動”が、あいまいな扱いになってしまった。 
 翌年から、文部科学省では「奉仕活動・体験活動の推進に関する施策」を積極的に進め、今年度その施策数はすでに四十八種類にのぼっている。
 この「奉仕活動・体験活動」は学習指導要領に教科としての位置づけはない。そこで、東京都は独自に設けることが認められている「学校設定教科・科目」として導入することとした。このように、都教育委員会が、突然、突拍子もない構想を打ち出したということではない。実は四年前から、こうした動向は脈々と続いており、だからこそ、東京都以外への波及も大いに危惧されるのである。
 なぜ、「奉仕活動」の「義務化」なのか。
 導入のねらいは、就学も仕事も職業訓練もしない「ニート」と呼ばれる若者が増加していることから、「生徒がいろいろな人と交流し、活動を通してより広いものの見方ができるようになることを期待」、「社会と接し、自分の進路や生き方を見つける機会になれば」というものらしい。
 生徒の“社会体験”や“人的交流”を促進するということなら、すでに「総合的な学習の時間」があるし、「職業体験」なども実施されている。なぜ「奉仕」という名称の科目を新たに設けなければならないのか。
 一般紙の中で唯一、この件を社説で取り上げた朝日新聞は、「奉仕活動」の呼称に疑問を呈しつつも、兵庫県教育委員会の社会体験学習「トライやる・ウイーク」の成功や米国の大学での例を紹介して「体験」の重要性を指摘し、今回の構想を評価している。しかし、「トライやる・ウイーク」も米国のサービスラーニングも、けっして「奉仕活動」ではない。
 朝日新聞の社説にも書かれているように、奉仕という言葉は「つつしんでつかえること」「献身的に国家・社会のためにつくすこと」(広辞苑)という意味をもつ。これでは公共の意識や市民としての自覚を醸成することをねらいとするには、やはりそぐわない言葉である。校外体験を通じた生徒の学びと成長を期待するなら、「奉仕」などという枠にはめられたものでなく、もっと魅力的で多様な活動が考えられるはずだ。
 それとも真のねらいは、言葉どおりの「献身的に国家・社会に仕える」従順な若者を育てることなのだろうか。東京都教育委員会といえば、君が代斉唱、日の丸への起立の強制などで物議をかもしており、ついうがった見方もしてしまう。もし、これが真のねらいなのだとしたら、「義務化」という流れは大変わかりやすい。
 そうではなくて、「校外体験を通じた生徒の学びと成長」を目的とするなら、本気で、米国のサービスラーニングなど新たな教育手法を研究し取り入れるべきだ。サービスラーニングは、準備、協働するNPOや地域組織との調整、モニタリング、生徒による振り返り、評価まで含んだ熟考された教育プログラムである。けっして、単発的な清掃や福祉施設訪問と同じではない。
 日本では、奉仕活動とボランティア活動がまだ混同されることが多い。その上、実際の活動場面では外見的には区別がつきにくい。したがって、奉仕活動が義務化されることによって、ようやく育ちつつある市民の主体的なボランティア活動の意義やその広がりがつぶされてしまうことも心配である。
 さらに、「奉仕活動」の例示の一つに挙げられていた「福祉施設での生活支援」についていえば、強制されて、場合によっては嫌々やってくる大量の生徒を受け入れることによって、施設利用者の人権侵害を起しかねないことも、繰り返し指摘し続けなければならない。
 都教育委員会では、来年度から二年間、学識経験者によるカリキュラム開発委員会を設け、授業内容を決める方針という。「献身的に国家・社会に仕える」従順な若者を造成するのが目的ではないということを、カリキュラムや教育手法を通して、明確に我々に示してほしい。

市民活動情報誌『Volo(ウォロ)』2004年12月号  (通巻401号)

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