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「ボランティア」「NPO」 商標登録、取消決定の意味

編集委員早瀬 昇

 今年五月、特許庁は角川ホールディングスに対して新聞・雑誌の題号として認めていた「NPO」「ボランティア」の商標登録を取り消すと決定した(決定日は、NPOが十日、ボランティアは十一日)。
 市民活動団体の異議申立に応じて、特許庁が一旦認めた商標登録を特許庁自らが取り消したわけだが、特に定期的に発行される新聞・雑誌の題号の場合、似た題号の雑誌があっても混同されにくいといった理由から、一度、認められた商標登録が取り消される例は少ない。その意味で、画期的な判断がなされたと言える。

 そもそも、今回の商標登録が判明したのは、二〇〇三年六月。ある市民活動団体が「NPO」を含む題号の雑誌を発行しようと商標登録の状況を調べたところ、角川書店の持ち株会社である角川ホールディングスが二〇〇二年一月に今回の商標登録を申請。特許庁では一年二か月の審査を経た後、二〇〇三年四月に商標登録が認められたことが判明した。
 この事態に対して、市民活動団体の間に戸惑いと反発が急速に広がった。啓発や支援者確保のため多くの市民活動団体が広報誌を発行しているが、それを有料で発行し、題号に「NPO」や「ボランティア」が含まれる場合、角川ホールディングスの取得した商標権に抵触するかどうか、常に気を使わねばならなくなったからだ。
 実際、新聞・雑誌の題号の場合、少し表現を変えれば商標権を抵触しないとされやすいが、その判断は微妙だ。たとえば「俳句」と共に「現代俳句」「俳句現代」なども商標が認められている一方で、「週刊流通」と「流通」、「文化生活」と「画報文化生活」、「新少年」と「週刊少年」、「プレジデントレター」と「プレジデント」などが類似しているとして、一方の題号が商標権を侵害していると判断されている。
 「NPO」「ボランティア」という語そのものの商標登録が認められたことで、市民活動が自由に活動を進める際の障害が生じてしまったのである。

 そこで、当協会のほか、大阪NPOセンター、関西国際交流団体協議会、シーズ=市民活動を支える制度をつくる会、静岡県ボランティア協会、市民活動情報センター、とちぎボランティアネットワーク、日本NPOセンター、日本ボランティアコーディネーター協会、富士福祉事業団が協同して、この商標登録に対する異議申立を行うこととなった。
 しかし、商標の登録申請の専門家である弁理士の間では私たちの取り組みに対してネガティブな意見が多かった。特許庁は新聞・雑誌などの定期刊行物の「題号は、原則として、自他商品と識別力がある」とする商標法の運用基準を定めており、その基準に照らせば、今回登録された商標の取り消しを求めるのは難しいと見る人が多かったためだ。
「負け戦さかもしれない。でも現実に市民活動を自由に進めにくくなる以上、異議を唱えないわけにはいかない」
 そこで、異議申立に賛同し代理人となってくれた四人の弁護士、弁理士とともに、「ボランティア」「NPO」それぞれに関する意義申立書の作成と、その主張の証拠集めが進められた。
 その際、異議申立理由としてあげたのは、(1)「NPO」や「ボランティア」を題号に含む雑誌、新聞などは、既に全国各地の市民団体が多数発行している(品質誤認)、(2)社会的な関心が高く公共の財産として定着している用語であること(識別性のない商標)、(3)ボランティア活動やNPOの活動を制約し公益を害し、社会貢献活動に便乗して利益を得る剽窃的な行為を国家法制が保護することにもなり、社会公共の利益や一般的道徳観念に反する(公序良俗違反)、(4)ボランティアグループやNPO法人と関係のある者が発行・販売しているものと誤認するおそれがある(他者業務との混同)、(5)「ボランティア」については富士福祉事業団が同名の雑誌を発行している(広く知られた未登録商標との類似)など。いずれも商標法で、商標登録を受けることができないと規定しているものだ。
 そして、これらを証明するため全国のボランティアセンターや市民活動推進機関に「ボランティア」「NPO」の語を含む雑誌・新聞などの提供を呼びかけるとともに、賛同者を募集。さらに過去の判例研究や言葉の普及過程を調べ、上記の異議申立理由の客観的な裏づけを整理していった。
 こうして、本文だけで「ボランティア」は二万九千字強、「NPO」は二万五千字強にのぼる詳細な異議申立書をまとめ、二〇〇三年八月に特許庁に提出した。
 それから一年九か月。特許庁がまとめた商標登録取消の決定書は、異議申立書の主張を全面的に指示したものとなった。

 「負け戦」も覚悟しながら始めた異議申立だったが、多くの専門家の「常識」をくつがえす結果を得ることができた。
 異議申立に否定的な専門家は、商標法の運用基準にとらわれたわけだが、その運用基準には「原則として」という留保がある。市民感覚として「おかしい!」と感じた私たちは、この留保規定を突破口に、論理を構築することとなった。「市民感覚はともかく、それが商標の世界の常識だ」と解説する専門家もいたのだが、それであきらめない姿勢が、まず大切だった。
 そして、異議申立に協力してくれた専門家との協働作業で、感情論ではなく、商標法の規定をふまえた異議申立理由を構築。さらに全国の関係者の協力を得て、具体的な資料(証拠)集めを進めた。そして、異議申立理由書での論証…。当初の自らの判断をひるがえし、「ボランティア」「NPO」という言葉は公共的財産であり、「特定人によるその独占使用を認めるのを公益上適当としない」(取消決定書)とした特許庁の判断は、こうして得ることができた。
 こうした姿勢と努力があれば、旧来の常識を打ち破ることもできる。そんな希望を感じられる結果だったといえよう。

市民活動情報誌『Volo(ウォロ)』2005年7・8月号 (通巻407号)

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