■「民意」は変化したのか?
車の渋滞は、5%ほど交通量が減るだけで大幅に改善できるそうだ。赤信号で止まった車が、すべて次の青信号で交差点を超えられると、渋滞は起こらない。しかし、1台でも残る状況になると、徐々に車がたまりだし、大きな渋滞を引き起こす。この信号で1台以上が残る率は、5%ほど交通量が減るだけで大幅に減少する。そこで、20人に1人が車を使わないだけで渋滞が解消できるというのだ。
一人ひとりの小さな行動の変化が、全体に大きな影響を与える場合があるわけだが、9月11日に行われた総選挙の結果を見て、このことを改めて実感した。
今回、自由民主党は歴史的圧勝となり、公明党を加えた与党が衆議院議員の3分の2を超えることとなった。
憲法の規定により、与党は、(1)議員を除名でき(憲法第55条・第58条)、(2)会議録も非公開とする秘密会を開くことができ(第57条)、(3)衆議院を通過し、参議院で否決された法律を、再可決することで成立することができる(第59条)など、極めて強い権力を得たことになる。
このような結果を生み出した理由の一つは、有権者の意向、つまり「民意」の変化だ。ただしその変化は、実はそう劇的なものではなかった。2年前に行われた前回総選挙に比べ自民党が得票率を伸ばしたのは小選挙区で4・0%、比例区でも3・2%に過ぎない。有権者の25人から30人に1人が行動を変えたことで、今回の劇的な結果を生み出すこととなった。
■変化をもたらす要素
小さな変化、少数の変化が、社会に大きな変化をもたらす場合がある、ということは、かねてからよく主張されてきた。
たとえば、マルコム・グラッドウェル著『ティッピング・ポイント|いかにして「小さな変化」が「大きな変化」を生み出すか』(飛鳥新社)では、ニューヨークの犯罪率の低下などの事例をもとに、ある事象が広がる際に、なだらかな変化ではなく、あるポイントを境に一気に「傾く(tip)」、つまり爆発的な変化をもたらす場合があることを解説している。
その際、劇的な変化をもたらす要素として挙げているのが、「少数者の法則」(少数の人が活躍する)、「粘りの要素」(記憶に粘りつくメッセージ)、そして「背景の力」。まるで、今回の総選挙結果の分析に使えそうな内容だが、ここから学べるのは、私たちが市民活動を広げる際にも、なかなか賛同者が広がらないからといって悲観しすぎることはないということだ。周囲の少しの人の行動を変えることからでも、社会にインパクトのある変化をもたらせることもあるからだ。
■「死票」は2247万6千票
ただし、今回の選挙結果を以上の視点だけで説明するわけにはいかないだろう。今回の議席配分は、わずかの票差でも勝ち抜いた候補1人だけが当選者となる小選挙区制度により、投票の傾向が大きく増幅されたものだからだ。
実際、小選挙区での得票率は自民党47・8%、民主党36・4%(この得票率は前回総選挙を0・3%下回っただけ)なのに対し、小選挙区での獲得議席数は自民党73・0%、民主党17・3%と大きく開いた。
得票率と議席獲得数の差がこれほど大きく開いたのは、小選挙区制度によって極めて多くの「死票」=議席にまったく反映しない投票が生まれたからだ。
ちなみに、どの程度の死票が生まれたかを小選挙区の投票結果で計算してみた。比例区との重複立候補による復活当選には惜敗率という形で小選挙区落選者への投票が反映する場合が多い。そこで復活当選者への投票は死票に含めずに計算したところ、まったく議席に反映されなかった投票は、なんと約2247万6千票にも達した。
小選挙区は、同一政党内で複数の候補者が立つことなどから「金のかかる選挙制度」との批判の強かった中選挙区に代わって導入されたわけだが、実は小選挙区制度を導入しながら死票がほとんど生まれない制度もある。ドイツで実施されている「小選挙区比例代表併用制」がそれだ。日本の並立制と名称は似ているが、中身はかなり違う。この制度では、議席は政党に投票された比率で決まるが、小選挙区の当選者が優先的に議席を得る。つまり小選挙区の獲得議席分だけ比例議席を失うことになり、基本的に比例代表の性質はゆがまないし、死票もほとんど発生しない。
選挙制度は歴史や文化の違いを背景に国ごとに異なって当然で、どの制度がもっとも優れていると断定はできないが、現行制度の課題がもっと議論されて良いと思う。
■「思い」を代弁する活動を
もっとも、当面、現行の選挙制度を変えようという動きは見られない。そんな中で市民活動に求められるものは何だろうか。
それはまず、少数者の立場に寄り添い、その自己主張を支援し、あるいは思いを代弁する活動を進めることだろう。
というのも、小選挙区制度とは、相対的な多数派(今回の総選挙でも小選挙区での与党の得票率は過半数に達していない)にきわめて有利な制度で、少数派の意見が反映されにくいからだ。これは与党が誰になろうと変わらない小選挙区制度の特性だから、仮に民主党などが政権をとっても、同じような対応が必要だ。
ただしこのことは、政党や政治家と距離を置くべきだということではない。およそあるゆる社会問題は、政治上での課題でもある。特別国会でも、障害者自立支援法など市民活動と接点の深い問題に関わる重要法案が審議される予定だし、年末に向けて認定NPO法人制度の改正に向けた検討も始まるだろう。
このような中、政治家に争点を提示されてしまうなどの形で政党や政治家にふりまわされるのではなく、逆に政党や政治家に対等に働きかけていくことも必要だ。 「選挙期間中だけ主権者」でない市民となるためには、日々の実践を進めるとともに、そこでの課題を「政治問題」、つまり「みんなの問題」として社会に示していく努力も続けなければならないと思う。
市民活動情報誌『Volo(ウォロ)』2005年10月号 (通巻409号)
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