ボラ協のオピニオン―V時評―

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ハリケーン・カトリーナが語るもの

編集委員磯辺 康子
●ニューオーリンズの現在
 今年2月、超大型ハリケーン・カトリーナの直撃から半年を迎えたアメリカ南部を訪れる機会があった。
 市街地の8割が水没したルイジアナ州・ニューオーリンズは、今も被災の傷跡が生々しかった。堤防決壊で運河の水が流れ込んだ地区は、倒壊した泥まみれの住宅が延々と続いていた。観光地として有名な「バーボン・ストリート」に面したホテルは、宴会場が警察の臨時事務所になっていた。
 街の人口は、その時点で被災前の約4割。「もとの人口には戻らないだろう」という声を、複数の住民から聞いた。たまたま入ったバーの店員は「家賃が高騰して人が戻ってこない」と嘆いた。街はまだ、あえいでいた。
 それにしても、国外から見ていて不思議に思ったのは、「なぜアメリカのような先進国でこれほどの被害が出たのか」ということだった。アメリカの人びともまた、同じ疑問を抱いていた。死者は、ルイジアナ、ミシシッピ州を中心に1300人以上。今なお行方不明の人もいる。
 地震のように突然襲われる災害ならまだしも、ハリケーンは進路を予測することができる。実際、多くの市民は事前に避難した。車を持ち、避難に必要な資金があれば、可能だった。
 しかし、車を持たない低所得層にとって、事は簡単ではなかった。ニューヨークなど一部の都市を除いて公共交通機関が非常に少ないアメリカでは、「車を持たない」ことは「貧しさ」を表すといってもいい。車は「ライフライン」であり、ガソリンは水に匹敵する必需品だ。それ故に、アメリカは日本よりガソリンが安い。いや、安くなければ生きていけない。
 避難用のバスの手配など、取り残された人びとに対する政府の支援策は遅れた。現地では「バスの運転手も避難してしまった」と、笑えない話も聞いた。
 もちろん、被害拡大の背景には、かつてない巨大なハリケーンだったということもある。人びとがカトリーナについて語るとき、「アメリカの自然災害史上、最大規模」という枕詞がよく使われた。ミシシッピ州で、湾岸を走る高速道路の橋が跡形もなく崩れ、巨大な船が陸上に居座っている状況を見たときには、その威力のすさまじさを実感した。
 ニューオーリンズの市街地の被害には「油断」もあっただろう。湖とミシシッピ川に挟まれたゼロメートル地帯が広がるこの街は、昔から水害に悩まされてきた。街は別名「スープ皿」と呼ばれ、中心部は浸水しやすい。過去の経験から「大丈夫だろう」と思っていても、今回はそれが通じなかった。

●巨大省庁…国土安全保障省
 しかし、一番の問題は、なんと言っても政府の対応だった。阪神・淡路大震災が起きたとき、日本で絶賛されたアメリカの災害対策は、この10年ほどで大きく変わっていた。10年というより、01年9月11日の同時多発テロ以降、といったほうがいいかもしれない。簡単に言えば、毎年のように国内のどこかを襲う自然災害に目をつぶり、遠い国との戦争に人と金をつぎこんできたということだ。
 そのことを象徴的に表しているのが、03年に新設された「国土安全保障省」の存在。テロ対策の強化を目的に、22の政府機関を統合した巨大省庁だ。傘下には、阪神・淡路大震災後に日本で「災害対策の手本」とされた「連邦緊急事態管理局(FEMA)」が組み込まれた。
 FEMAは、カーター政権時代、スリーマイル島の原発事故などを教訓に創設され、自然・人的災害への対応を担ってきた。80年代から90年代初めは災害救援で数々の失敗を重ね、国民の批判を浴びたが、クリントン政権時代にはカリフォルニア州・ノースリッジ地震(94年)などでの素早い対応が評価された。ちょうどその時期、日本で阪神・淡路大震災が起きた。
 国土安全保障省の傘下に入ったFEMAは権限を奪われ、人も予算も削られた。なかでも、「災害への備え」の部分は、大幅に縮小された。
 テロ対策と自然災害対策は、同じ危機管理とはいっても、異質の要素も多い。以前FEMAで働いていた職員は「自然災害では、国民に情報をどんどん出すのが基本。しかし、テロ対策では情報を隠すのが基本。国土安全保障省は、ハリケーン・カトリーナのときも必要な情報を出そうとしなかった」とやりきれない表情だった。
 しかも、ブッシュ政権では、FEMAの局長に災害対策の素人を置いてきた。カトリーナの被災者救援の遅れを理由に更迭されたマイケル・ブラウン前局長は、法律家。その前任のジョー・オルボー氏は、大統領選の選挙対策責任者で、ブラウン前局長の友人。とても真面目な人事とは思えない。

●Tシャツというメッセージボード
 ニューオーリンズの土産物店には、”カトリーナ関連“のTシャツが数多く売られていたが、その中には「FEMA/New four-letter word(新しい四文字言葉)」と書かれたものがあった。「四文字言葉」とは、「fuck」「shit」などの下品なののしり言葉を指す。その仲間に、「FEMA」が追加されたということだ。
 「Forget Iraq Rebuild New Orleans(イラクを忘れ、ニューオーリンズの再建を)」と書かれたTシャツもあった。
 被災地のルイジアナ州などからは、多くの州兵がイラクに派遣されている。カトリーナでの救援の遅れには、その派遣による国内の人材不足が影響したという指摘も出ている。
 復興が進まない街の状況は見ていてつらかったが、政府への不満をパロディーTシャツにして売る市民のたくましさには、救われる思いがした(日本なら、「パロディーにするなんてけしからん」という声が上がるだろうけれど…)。
 そして、被災地内外の自治体関係者や大学教授、上院・下院議員から、政府や大統領に対する率直な批判を聞き、アメリカという国にわずかな望みも感じた。
 訪問中、下院の調査委員会が発表したカトリーナに関する報告書の題名は、「指導力の失敗」。まとめたのは、ブッシュ大統領の”身内“である与党共和党だった。

【Volo(ウォロ)2006年4月号:掲載】

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