■次年度計画をつめる上での課題
国の会計年度に合わせて、4月から新年度が始まるという団体が多いだろうが、その場合、この3月は次年度事業の計画を詰める佳境の時期ではないだろうか。
行政や大企業の場合、年明けには計画の骨格がまとまっている場合が多い。しかし、市民団体の場合、ようやくこの時期に次年度事業の概要がまとまりだす団体が少なくない。
住民全体の合意をもとに動く行政の場合、利害調整に膨大な時間がかかるが、上意下達式でなく、多くのメンバーで議論する市民団体も、意思決定に時間がかかる場合が多い。
また、外部の補助金や受託金に依存する部分も多い市民団体の場合、補助や事業受託が決まるのを待つ分、計画のとりまとめが遅くなりがちになる面もある。
この計画づくりでは、いかに現状を改革し、新しい取り組みに挑戦するかも重要だ。斬新なアイデアの実行には不安も伴うが、さりとてマンネリでは変化の激しい現代社会から取り残されてしまう。改革への挑戦をワクワク進める集団になるには、何が大切なのだろうか。
■ロジャーズのイノベーション普及理論
この改革(イノベーション)に関してユニークな視点を提供したのが、米国の社会学者エベレット・ロジャーズが著した『イノベーション普及学』(1962年刊。産能大学出版から1990年に邦訳)だ。
トウモロコシの新種などの普及過程の研究から新しい商品や知識、ライフスタイルが普及するプロセスを実証的に分析したものだが、その理論は市民活動においても示唆的だ。
いわく、何か新しい商品や行動が広がる時、それへの対応によって、人々は次の5つに分類されるという。
まず、周囲がまったく見向きもしなくても、早速、採用する「革新者(イノベーター)」。新しいもの好きで時に変わり者と見られることもあるが、冒険をいとわない人たちだ。ロジャーズは、そうした人が世の中に2〜3%いると主張した。
次に、革新者たちの動きを見て、早い段階でその可能性を評価するのが、「初期採用者(アーリー・アダプター)」。社会の常識もふまえつつ、乗りがよく、進取の気性に富む人たちで、この人たちは13〜14%いるという。
続いて、この人たちの行動を受けて動き出すのが「前期多数採用者(アーリー・マジョリティ)」。比較的慎重で、初期採用者に相談するなどして追随的な行動をとる人たちだ。世の中の3人に1人、34%ほどいて、革新者、初期採用者と合わせると過半数を占めることになる。
次に、新しい動きを理解しつつも、仲間の圧力がないと動き出さない多勢順応型の人たちが「後期多数採用者(レート・マジョリティ)」。前期多数採用者と同様に34%ほどいるとロジャーズは主張した。
そして、変化を好まず、最後までなかなか行動を変えないのが「遅滞者(ラガード)」。伝統志向の人々で、16%ほどはいるという。
この数字は、状況やテーマによってもちろん変わってくるが、ともあれ新しい商品や行動の普及に、段階があることは感覚的に納得できるし、実際、商品販売などの分野では、ロジャーズの理論を応用発展した研究が数多くなされている。
■少数派としての市民活動
この理論が市民活動においても示唆に富むと思えるのは、市民活動は、少なくともその初期段階では、少数派の取り組みとして始まるからだ。もちろん、活動を進めるため仲間を募るのだが、仲間を得ることが目的ではない。同志だから、結果的に仲良くなることはよくあるが、元来、仲良しクラブではない。つまり、まずは個から始まる営みだ。
社会のゆがみに気づき、放っておけない…という人が、活動を立ち上げる。全体(直接的には議会)の過半数の意思に従って動く行政や、顧客の支持を前提に行動する企業と異なり、自らの関心と発意で行動を始めるのが市民活動だ。
つまり周囲の目を過剰に気にしない「イノベーター」として活動を進めることが多く、それゆえに社会を改革する力となる。しかし、その一方で「奇特な人」と変人扱いされたり、アイデアが斬新すぎて理解が得られなかったりすることも少なくなく、時に少数者の悲哀を感じることもある。
しかも、この疎外感は、実は活動を進める仲間との間でも生じやすい。市民団体の場合は、「全体に従う」よりも「自らの信念に基づいて行動する」という行動原理が基本にあるわけだから、「組織」というよりも、個人の集合である「集団」と言った方が実態に合う場合も多い。個人個人が独立しているのだ。その上、そろばん勘定を考えた打算で行動することも少なく、いきおい個と個の思いが正面からぶつかり合うことになりやすい。
特に新しい活動を提案する場面などでは、こうした意見の違いが生じやすい。そんな時、突然、孤立感が襲ってくる。活動の意欲が失われるのは、こんな時にも多い。
■アーリー・アダプターの重要性
そこでロジャーズ理論なのだが、その理論で注目するのが「アーリー・アダプター」の存在だ。先駆け的な動きをする「イノベーター」の動きを理解し、その妥当性を吟味した上で現状維持的な人々とつなぐ役割を果たすのが「アーリー・アダプター」だからだ。
新しいアイデアは、現に実行されてはいないのだから、当然、詰めの甘さが指摘されやすい。実際、「しない方が良い理由」を挙げることは、「新たに始める理由」を挙げるよりも、数段、容易だ。しかし、そこで「思いつき」と切り捨てては、新たな挑戦の芽をつんでしまう。そもそも、およそ創造的な取り組みの多くは思いつきから生まれるものだ。
そこで、「アーリー・アダプター」の存在が重要になってくる。実際、アーリー・アダプターになるのは、どのような人たちなのだろうか。新たな企画を、まずは「面白がる」。その上で、克服すべき課題をともに考え、解決策を模索する。この順番が重要だ。目前の課題解決に追われて余裕がない場合はもとより、きちんと実現性を詰めようとする場合も、この順番が逆になってしまうからだ。
新たな挑戦をワクワク進める組織となるには、アーリー・アダプター的存在が多い組織となる必要がある。「駄目でモトモト」、あるいはサントリーの創業者・鳥井信次郎氏の「やってみなはれ」精神は、市民活動の世界でも大切だ。ちょっと危ない企画を「面白がって」ワイワイと話し合えるサロンを開くことも、一見無駄に見えて、アーリー・アダプター候補者を増やしていく有効な場となろう。
【Volo(ウォロ)2007年3月号:掲載】
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