■自分の生活をマネジメントできなくなったとき
女性学の代表的研究者である上野千鶴子さんが昨年7月に出版した『おひとりさまの老後』(法研)は、50万部を超えるベストセラーになったという。“結婚していようがいまいが、だれでも最後はひとり”として、ひとりが基本の老後の暮らしにしっかりと向き合うことを提案したものだ。住まい、お金、介護、遺言、お墓に至るまで、どのように考え準備するかが語られている。
このように、「自分で自分の生活をしっかりとマネジメントする」ということは、楽しく充実した老年期を過ごすために大変重要なことだ。
これに加えて、私たちが今、真剣に考えておかねばならないことがある。それは、「自分で自分の生活をマネジメントできなくなったとき」のことだ。すなわち、認知症の進行や精神障害のため判断能力が不十分になり、財産管理や介護サービスなど種々の契約・手続きができず生活が成り立たなくなったときにどうするのか。また、そもそも知的障害があり、種々の判断能力に欠ける場合、どのように暮らしを成り立たせるのか。こうした状態の人々をねらった悪徳商法による被害事件は後を絶たない。また、ほかならぬ親族による虐待ケースも増え続けている。
■成年後見制度とその課題
こうした問題に対応するものとして、2000年4月から「成年後見制度」が介護保険制度と同時にスタートした。
この制度は、後見人として選任された親族や第三者が、判断能力に欠ける本人の代理として財産管理や契約をしたり、不利益な法律行為を取り消したりして本人を保護・支援するものである。家庭裁判所が親族などの申し立てを受けて後見人を選ぶ「法定後見」と、将来に備えて本人が自由に選ぶ「任意後見」の2種類がある。
介護保険制度とともに高齢社会を支える車の両輪と言われているが、残念ながら利用は十分に進んでいない。
最高裁判所が今年1月に発表した06年度の『成年後見事件概況の報告』によれば、成年後見の申し立て件数は3万2、629件で、前年と比べ55%増加している。制度開始の00年度には9、007件であったことからすると、順調に増加しているかに思えるが、総数約12万件という数字は、認知症高齢者数(約180万人)から考えると、あまりにも少ない。
■後見人のなり手がいない ~親族後見の限界~
この原因は、制度や必要性についての周知不足、内容の複雑さや手続きの難しさなどが考えられるが、後見人のなり手がいないということも大きな問題になっている。
先の最高裁判所の報告書によると、成年後見人等に選任された人の約8割は親族である。しかし、福祉現場では、親族がいない、いても関係が疎遠でほとんど交流がない、親族自体が課題を抱えており担えない、親族自体が権利侵害をするおそれがあるといったケースが多く見られ、必要性はあるにも拘わらず、成年後見制度の利用につなげられない悩みを抱えている。今後ますます少子化が進むことを考えると、親族後見でカバーできない範囲は拡大していくものと思われる。
そこで、親族以外の第三者(個人)による後見の必要性が出てくる。現在は、最高裁報告書によると弁護士5・1%、司法書士6・2%、社会福祉士2・8%、その他となっている。これらの専門職による後見のメリットは、本人や家族との利益相反が起きる可能性が少なく、また専門的分野の処理能力が高いといったことがあげられる。一方、法律と福祉両方の専門知識を合わせ持つ人は少ないことや、後見報酬が支払えない人への対応が難しいこと、また転勤や後見期間の長期化への対応の問題も抱えている。さらに、本業とのかねあいで日常生活の支援(※身上監護)が十分に行えない場合がある。いずれにしても、一人で対応できる件数は限られる。
■NPOへの期待 ~権利回復のための総合力
こうした現状から、注目したいのは、「法人後見」である。06年度は377件と少数であるが、前年(179件)と比べると111%の増加となっている。NPO法人西成後見の会の調査(06年度)によると、全国で法人後見を受任していると思われる団体は約100あるという(ただし、アンケート回答が得られた中では56団体)。社会福祉協議会が最も多く、リーガルサポート(司法書士会)、NPO法人とつづく。
現在、約70件もの法人後見を受任している滋賀県大津市のNPO法人「あさがお」では、社会福祉士、看護師(元福祉施設勤務)に加え、消費生活センター、銀行、生命保険会社での勤務経験があるスタッフがスクラムを組んで、権利侵害を受けた方への権利回復に向けて取り組んでいる。
たとえば、悪質商法の被害に遭った高齢者夫婦(認知症あり)の場合、頻繁な訪問による本人との信頼関係の確立から始まり、親族間調整、弁護士・消費生活センター・社会福祉協議会との検討を経て家庭裁判所へ成年後見と保全処分申し立て、主治医への診断書と鑑定書の依頼、契約書類の精査と処理、ケアマネジャーや介護サービス事業者、民生委員との見守り体制づくり等々といった対応を行っている。
この一例をとっても、権利回復のためには、いかに福祉的・法律的に高い専門性が必要であるか、さらに本人の暮らしに寄り添ったきめの細かい対応が必要であるかがわかる。「本人の権利を護りたい、少しでもいい生活をしてほしい」という強い思いが根底にあるからこそ、頻繁に本人宅や入院先を訪問する。
個人で受けるのと違い、法人として後見を受任することによって長期的な対応も可能になり、また生活保護受給者のように後見報酬の支払い能力が低い人へも柔軟に対応できる。
最近、「市民後見人」(ボランティア)への期待が高まっており、すでに東京、福岡、大阪などで、養成講座が開催されている。その修了生の中から後見人も登場してきているが、本人に代わって権利を護るという役割は、そうたやすいものではない。多様な専門職や関係者による総合力がなければ対応しきれないケースも多い。必要な時に総合力が発揮できるような組織づくりが早急に求められているのではないだろうか。法人後見の課題もふまえて、後見報酬の支払い能力がない人への公的支援の必要性、身上監護の範囲の検討など、実績を基にNPOから具体的な発信をしていくことも求められている。
※「身上監護」には、①医療②住居の確保③施設への入退所④施設での処遇の監視・異議申し立て⑤介護⑥生活維持⑦リハビリ等に関する事項が含まれる。
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