ボラ協のオピニオン―V時評―

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不安が人を惹ひきつける

編集委員早瀬 昇
■阪神タイガースは絶好調なのだけれど…
 関心のない方にとっては、どうでも良いことだろうが、我が阪神タイガースが絶好調だ。
 本稿を執筆している4月21日現在、15勝4敗。防御率上位10傑に4人の投手が顔を出すなど投手陣がすこぶる調子が良い上に、2千本安打を達成し打点首位の金本選手や打率2位の赤星選手、出塁率3位の新井選手など攻撃陣も好調。投打の歯車が噛み合って、ここ数年にない好成績をおさめている。
 しかし…だ。いわゆる「貯金」が11もあるというのに、正直なところ、不安でたまらない。過去に12連敗を2回も喫したことがあるのがタイガース。過去の辛い体験がよみがえり、この好成績でも「高所恐怖症」ともいえる心理状態におちいってしまう。そこで、つい今日も試合の行方が気になって仕方がない事態になってしまう。

■プロサッカークラブが売るのは「苦痛」
 先日、こんな気持ちになる理由を明快に解説した記事をみつけた。4月16日の日本経済新聞・スポーツ欄に掲載された「フットボールの熱源」と題する吉田誠一記者のコラムがそれだ。いわく…。
 Jリーグのゼネラルマネージャー講座で、講師となったリバプール大学のローガン・テイラー博士が受講者に「プロサッカークラブは観客に何を売っていると思いますか」とたずねた。
 「夢を売っている」「感動を売っている」「熱狂を売っている」…。こうした回答が一般的だろうが、テイラー氏の答えは違った。「プロサッカークラブは苦痛を売っているのです」というのだ。
 ひいきのチームが先制されれば、ファンの心は痛む。負けてしまったら、なおのことだ。リードしても、いつ追いつかれるかとヒヤヒヤ。勝ったとしても、今の私のように、次の試合は…などと心配の種は尽きない。
 私自身の感覚としては「苦痛」というよりも「不安」なのだが、ともあれ、なるほど自分は阪神タイガースという不安の種を心の中に抱え込んでしまったのかと、いたく納得した。
 この「不安」を甘受するようになってしまったのも、ある種の一体感を私がタイガースに感じているからだが、プロスポーツでは、このファンとの一体感を高める工夫がさまざまな形でなされている。中でもプロサッカーは、わざわざファンを「サポーター」と呼び、地元開催ゲームを「ホーム(我が家の)ゲーム」と呼んで、その立場を積極的に位置づけている。テイラー氏の解説を知ると、こうした仕掛けは特にプロサッカーでは意図的・意識的に設計されていることがわかる。

■市民活動への応用は?
 市民活動はスポーツほどにスリリングではないから、一喜一憂するまでの事態にいたることは、そう多くはない。しかし、私たちの活動の「サポーター」の輪を広げようとする際、テイラー氏の解説から得られるヒントもありそうだ。
 市民活動を進める上では、解決しようとする問題へのアプローチの仕方はもとより、活動資金やスタッフ、活動拠点の確保など悩みはつきない。しかし、「いつでも、どこでも、誰でも、気軽に、楽しく」がキャッチフレーズとなる時代、あまり深刻な雰囲気をただよわせていては、誰も近づいてこないのではないかと考えてしまうこともある。
 でも、テイラー氏の解説をふまえれば、「サポーター」を増やすことは、この悩みを共有し、いわば「苦痛」や「不安」を共に感じる人の輪を広げることだ、ということになる。
 だから、この「サポーター」に対して、ことさらに悩みを隠すことはない。Jリーグや阪神タイガースが示すように、「苦痛」や「不安」は、時に人を惹きつけるからだ。なんにも不安を感じさせない順風満帆で進められている活動を、わざわざ支援しようとする人は少ないことを考えてみれば、このことはより納得しやすいだろう。つまり、自分たちの活動を取り巻く状況の厳しさやしんどさを率直に示すことも大切なのだ。
 実際、NPO法が成立するかどうか剣が峰状態だった1997年冬、危急の事態であることを伝えようと「緊急集会」と名づけた集会に全国から多くの関係者が集い、運動の輪が一挙に広がったことがあった。「緊急というから来た」と言われ、不安を伝えることの威力を知ることになったのだ。

■共感でつながりあう組織へ
 先のコラムの後半に、テイラー氏の講義を聞いた受講者の一人が「苦痛を感じてくれるのは、そこに愛があるからですよね。サポーターという言葉は、クラブのために苦悩してくれる人と定義づけることができる」と気づいたとの記述がある。
 特定のクラブへの「愛」というと閉じたイメージになりやすいから、市民活動では「共感」と言い換えた方が良いだろうが、支援者確保にはこの点も重要だ。人びとの熱意を集める集団とは、共通の目標実現といった機能的・組織的なつながりだけでなく、同じしんどさを共有しあっているといった感情に訴える情緒的つながりも大切にしなければならないのだ。
 つまり、団体の活動目標を明確に示して賛同者を募るということだけではなく、互いの苦労を分かち合う懇親会や同じ場と時間を共有する合宿など、情緒的に結びつきが深まるプログラムの実施は、市民活動の組織原理の上でも、とても大切なのである。

 さて、この原稿を書き終えた4月22日、阪神タイガースは中日ドラゴンズに8対0で大敗してしまった。だから言わんこっちゃない。これから連敗がはじまるんじゃなかろうか…。
 皆さんが本稿を目にする時、タイガースはどんな状態だろうか。私にはそれが心配でたまらない。

【Volo(ウォロ)2008年5月号:掲載】

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