ボラ協のオピニオン―V時評―

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大学の社会的責任(USR)を問う~障害者雇用率という観点から

編集委員筒井 のり子
■大学もPRの時代
 8月24日、北京五輪が閉幕した。過去最長の聖火リレーは、各地でチベット弾圧への抗議行動、さらにそれに対する中国国内の反発を引き起こし、開幕前に大いに物議を醸したことを思うと、痛ましい大事件や混乱もなく閉会式を迎えられたことを、まずは素直に喜びたい。
 オリンピックと言えば、前回のアテネ大会終了後、東京のとある大学の前を通りかかった時、ギョッとして立ち止まったことを思い出す。4、5階建ての建物の最上階から、「祝・金メダル ○○○○さん」と選手名がでかでかと書かれた巨大な幕が3枚(メダルの色は違うが)垂れ下がっていたのだ。これでもかというほどの幕の大きさに、大学もここまで露骨に宣伝する時代になったのかと興ざめしたのを覚えている。4年前といえば、関東の大学のPR競争が激化しだしたころだろうか。
 関西では、今年の春から夏にかけて熱さが増した気がする。ある有名私立大学が、3月に全国中継されたサッカーW杯アジア3次予選バーレーン戦で、マナマ国立競技場のピッチ脇にパネル広告を設置。何度もテレビ画面にアップされて話題となった。また、本格的なテレビコマーシャルを開始した大学もある。7月のある日には、JRの車内が様々な大学のポスターで占拠された。オープンキャンパスのPRポスターだ。

■市場原理に翻弄される大学
 こうした広報戦略の激化の背景には、いうまでもなく、18歳人口の減少と90年代以降の法的規制緩和による大学・学部の新設ラッシュや定員増加がある。その結果、日本の大学への入学希望者総数が入学定員総数を下回る、いわゆる「大学全入時代」を迎え、大学教育の質の低下や定員割れの問題が起こっているのである。実際、この7月には、日本私立学校振興・共済事業団(私学事業団)が、今春の入試で定員割れを起こした私立大学が昨年度から7・4ポイント増えて47・1%(短大は67・5%)になり過去最高になったと発表している。
 もはや、高等教育機関といえども、市場原理によって淘汰される時代に入っており、各大学は好むと好まざるにかかわらず、受験生獲得のために過剰とも言える宣伝やサービスを行わざるを得ない状況に置かれている。

■CSR……大学での展開は?
 さて、これだけイメージ戦略やPR競争が進んでくると、やはり気になるのは、その実態である。言葉を変えれば、組織として社会的責任をどれだけ果たしているのか、ということだ。
 企業においてはここ数年、CSR (Corporate Social Responsibility:企業の社会的責任)に関する活動が大きな展開を見せている。CSRに関心を寄せるNPO関係者は多いが、そのNPO自体の社会的責任(NSR)にも言及されるようになっている。同様に、CSRに関する授業を開講したり、研究会や公開セミナーを行ったりしている大学はたくさんあるが、その大学自体の社会的責任=USR(University Social Responsibility)がもっと厳しく問われるべき時代になっているのではないだろうか。
 大学の主な使命は、学生に対する教育と各分野の先進的な研究である(加えて、第三の使命として「社会貢献」があげられることもある)。このことから、本来、民間企業以上に高い倫理性が求められ、その組織や運営のあり方に説明責任を果たすことが重要だと言える。

■障害者雇用率から見ると……
 一口に「USR」といっても、その内容や評価指標は多様である。組織としては「研究」「教育」「経営」「大学文化」それぞれにおける社会的責任、また個人レベルでは「教育者として」「研究者として」の社会的責任について検討していかねばならない。あるいは、内部監査制度、事業評価制度、法令遵守、情報公開、個人情報保護、環境への取り組み等といった取り上げ方もあるだろう。とても、すべてを語ることはできない。そこで、ここでは、一つだけ取り上げてみたい。たとえば、障害を持つ人の雇用についてである。
 周知のように、民間企業、国、地方公共団体は、「障害者雇用促進法」に基づき、法定雇用率に相当する数以上の障害者を雇用しなければならないことになっている。大学はというと、国立大学に関しては、04年度から独立行政法人化したことで、はじめて国や地方公共団体と同じ2・1%(従業員56人以上の企業は1・8%)という法定雇用率が課せられることになった。
 07年に厚生労働省が行った調査では、全国91の国立大学法人の約6割にあたる51大学が法定雇用率を未達成であるということがわかった。また、私立大学に関しては、05年度の厚生労働省による調査データによると、全国919校(短大・専門学校含む)のうち、雇用率を満たしているのは約44%と半分以下であった。

■教育機関で障害者が働いている意味……法令遵守を超えて
 さて、企業と異なり、国立大学法人は雇用が不足している障害者数に応じて納付金を払う制度はない。まして私立大学に関しては、マスコミ報道などで雇用率が言及されることすらない。すなわち、大学自身が、どれだけ教育機関としての自らの使命に照らしてこの問題をとらえることができるのかが問われるのである。
 ノーマライゼーションの推進や多文化共生、あるいは市民社会の意義が語られるこの時代に、日々通う大学において、当たり前のように障害を持つ人が働いているということの意味は、学生にとって大きいはずだ。法定雇用率を守ることは当然行わねばならないが、法令遵守を超えた議論がしっかりとなされる大学でなければならない。それが、教育機関としての大学における社会的責任ということではないだろうか。

【Volo(ウォロ)2008年9月号:掲載】

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