ボラ協のオピニオン―V時評―

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ボランタリズム研究所が目指すもの

編集委員早瀬 昇
■「学者・先生」お断り
 「原稿のすべては、現実に闘争を担っている方々のものであり、『ルポライター』『評論家』『学者・先生』はお断りします。」
 これは70年に創刊され、全国各地の市民運動の実践を紹介し続けてきた雑誌『月刊地域闘争』の巻末に掲載された編集方針の一節だ。同誌は92年に月刊『むすぶ~自治・ひと・くらし』に誌名変更し、編集方針の表現も「原稿のすべては、現実に運動を担っている方々のものです。一人一人の主体性のもとに日常性に立脚した文章をお願いします」と少しタッチは変わったが、今も運動に直接関わっていない研究者などの寄稿はない。
 この『月刊地域闘争』の編集姿勢に象徴されるように、市民活動の推進にあたって、時に「学者・先生」、つまりは研究者の関与がネガティブにとらえられる場合がある。「研究」という作業には、客観的に事態を見ていく視点が不可欠だ。複雑な現実の中に隠れる体系や法則性を見出そうとするには、活動・運動の現場で起こっている事象だけにとらわれず、周囲の状況や歴史的背景にも視点を広げ、他の実践例との比較なども必要になる。そこで、活動・運動の現場から一歩離れ、事態を「観察」する立場をとることもある。
 しかし、このような姿勢が、時に実践の苦労に寄り添わない高みの見物的評論と受け止められ、鋭い批判が寄せられることにもなる。

■実践と研究の連携を目指して
 当協会の岡本榮一前理事長を所長に迎え、来る10月17日に大阪ボランティア協会の新しい部門として「ボランタリズム研究所」が発足する。当日は創設記念フォーラムが大阪NPOプラザで開催される。
 「ボランタリズム」という耳慣れない言葉を冠する研究所だが、この「ボランタリズム」にあたる英語は2つある。voluntarism は組織維持のために自発的活動を信頼する姿勢を示す言葉で、哲学用語では人間のもつ理性や知識よりも意思の優位を強調する立場を示す「主意主義」の意味になる。
 一方、ism の前に“y ”が加わるvoluntaryism という言葉もある。こちらはイギリスで非国教会の自由教会(FreeChurch)が教会の国家からの独立、つまり教義や教会運営に対する国家の干渉を排除すると同時に、税金による教会財政への援助も拒否する思想を表現するものとして生みだされた用語で、信仰や思想、またその組織の国家(権力)からの独立を象徴する言葉だ。
 この二つの意味を持つ「ボランタリズム」を名称に掲げ、研究所は市民の自由な意欲を高め、市民団体の独立を守るための研究活動を進めようと計画された。
 筆者もその創設に参加してきたが、この「研究所」の運営でまず重視するべきなのは、冒頭にあげた事例の逆、つまり実践家が励まされる研究活動の展開だ。
 研究所は、協会伝統の“やりたい人が中心になって運営する”「推進チーム制」で個々の研究プロジェクトを動かすことになるが、この推進チームに実践家と研究者が集い、実践の中で障害となっている課題に正面から向き合った研究を進めなければならない。
 先日、開かれた準備会でも、当面の研究テーマの一つとして「大規模イベント時のボランティアコーディネーションのあり方」が候補に挙がった。これは来年11月、大阪で開かれる知的発達障害者のスポーツ大会「スペシャルオリンピックス」へのボランティアの組織化を協会が担うことから取り上げられたテーマだ。短期間にきわめて多数のボランティアが参加する大規模イベントでは、丁寧なボランティアコーディネーションができず、参加するボランティアに消耗感をいだかせてしまう場合もある。そうした事態を起こさないため、過去の事例を検証するなど研究を進めようというものだ。
 こうした実践的研究だけでなく、市民活動の原理や歴史、政策に関わる研究にも取り組もうと考えている。

■課題の資金確保で新たな挑戦
 もっとも、この志を実現する上での課題も少なくない。中でも一番の課題は、やはり研究活動のための資金確保だ。商品開発のための研究などと異なり、市民活動に関わる研究で経済的な価値を生み出すことは難しく、投資的な形で資金を集めるわけにはいかない。当協会発行の研究誌『ボランティア活動研究』の復刊も計画されているが、この種の書籍の売り上げは、そう多くはない。
 岡本所長は、このたび第一生命保険が実施する「保健文化賞」を受賞したが、その副賞100万円を全額、研究所開設のために寄付。また研究プロジェクトの一つ「日本におけるボランティア・NPOの活動歴史年表作成事業」に対して、三菱財団から100万円の助成を得ることができた。このような寄付や助成金を積極的に得て、市民が支える研究所となることを目指したいが、それだけで研究資金のすべてを確保することはなかなか難しい。
 そこで新たに挑戦しようと準備を進めているのが、文部科学省が日本学術振興会を通じて支出する科学研究費補助金(科研費)の指定研究機関になることだ。この補助金の支出対象は、以前は大学に所属する研究者に限られていたが、数年前に規定が改正され、企業やNPO法人、社会福祉法人などの研究機関も、要件を満たせば補助対象になれるようになった。そこで、既に何十冊も書籍を発行し、数多くの研究活動を進めてきた当協会も、その実績を整理し、ボランタリズム研究所も指定研究機関の一つとなれるよう申請を準備している。
 日本の科学研究を広く支えてきた科研費が得られれば、研究所の活動を大きく飛躍できる可能性が高まる。

■経験主義を超えて論理を磨く
 今回の研究所開設は、99年に協会の将来構想検討委員会が答申をまとめた際にも情報・研究機能の充実として構想されていたが、当面の課題への対応に追われ、実現できずにいた。研究活動はすぐに効果が生まれるものばかりではなく、ついつい後回しになってきたのだ。
 しかし、冒頭で実践をふまえることの重要さを指摘したが、一方で実践の蓄積だけでは「経験主義」にとらわれてしまいがち。それに、権力はもとより資金力も弱い市民活動が社会の改革を進める際に、説得的な提案力、つまり論理や合理性を磨くことは必須の要件だ。
 皆さんの実践に関わる研究テーマを、是非、研究所にご提案いただきたい。「市民の論理」を、共に磨く場として研究所を発展させたいと思う。

【Volo(ウォロ)2009年10月号:掲載】

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