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「行政委嘱ボランティア」のゆくえ 100歳以上高齢者不明問題と民生委員

編集委員筒井 のり子
■2010年夏・二つの異常事態
 今年の夏は、本当に暑かった。気象庁によると、30年に一度の異常気象だったという。この記録的猛暑とともに、私たちに大きな驚きとやるせなさをもたらしたのが、100歳以上高齢者の不明問題であった。
 7月28日に東京都足立区で「111歳男性」(都内男性最高齢)がミイラ化した遺体で見つかったというニュースが流れ、多くの人を震撼(しんかん)させたのもつかの間、翌日には杉並区で「113歳女性」(都内女性最高齢)の所在が不明であることが発表された。その後、毎日のように全国各地で100歳以上高齢者の所在不明が伝えられることとなった。
 その数は恐ろしい勢いで増え続け、8月4日には57人、14日には242人、28日には290人に達した。そしてついに9月10日、法務省は戸籍が存在しているのに現住所が確認できない100歳以上の高齢者は、全国で23万4千人に上るとの調査結果を発表した。
 この数字の中には戦災で家族全員が亡くなり死亡届が出ていないケースなども含まれるが、単に「何人」という数字ではすまされない複雑な家族や生活上の課題も浮かび上がって来ている。こうした事態に至った理由や解決策についての検討も必要だが、それは別の機会に譲るとして、今回の一連の騒動のなかで、改めて注目を浴びた存在について考えてみたい。

■民生委員への注目
 それは、民生委員という存在とその活動についてである。今回のことで、新聞やテレビ報道の中で、「民生委員」について言及されることが増え、人々の関心も高まった。「民生委員は知っていたのか」という論調も一部にはあったが、むしろ、情報把握など活動の難しさについて丁寧に紹介しているものが多かった。
 ある民生委員・児童委員連絡協議会の会長は、これによって2つの影響があったのではないかと言う。一つは、「報酬をもらっていると思っていた」という誤解が解消され理解が進んだということ。もう一つは、役割の重さや忙しさを知ったことで、なり手不足に拍車がかかったのではないかということである。
 現在、民生委員は全国で約23万人が活動しているが、すでに欠員が5千人ほどもいる。今年の12月には、3年に一度の全国一斉改選を控えている。その候補者探しがちょうどこの夏に行われていた。大阪府(政令指定都市、中核市のぞく)では、定数6千333人に対し、6千68人が委嘱を受けることとなっており、12月段階では265人の欠員が予測されている。

■「行政委嘱ボランティア」のジレンマ

 そもそも民生委員とは、「民生委員法」にもとづく制度であり、都道府県知事等の推薦により厚生労働大臣が委嘱する。身分は非常勤特別職の地方公務員(ただし、無給。交通費等の活動費は支給)で、任期は3年である。また、「児童福祉法」に規定されている児童委員を兼ねることとされている。
 報道の中には、「無給のボランティア」という表現がよく見られたが、ボランティアの意味を厳密に捉えると、少々違和感がある。すなわち、厚生労働大臣から委嘱され、福祉事務所など関係行政機関の業務への協力という、あらかじめ定められ実施しなければならない任務をもっているからである。一方で、地域ニーズの解決に各自が自由に創意工夫して取り組むという、まさに「ボランティア」の側面ももっている。この二面性が、民生委員という存在のおもしろさでもあり、同時に活動にジレンマが生じるゆえんでもある。こうした背景から、民生委員や保護司については、「行政委嘱ボランティア」と表現される。
 今回の事態を受けて、この二面性の課題が改めて浮き彫りになった。たとえば、厚生労働省は、今年の敬老祝い金や記念品は「高齢者本人へ直接手渡し」と、各自治体へ要請しているが、これをボランティアの側面ももった民生委員が確実にやり遂げることは極めて困難である。かといって、現行の自治体職員のみで地域で暮らす要支援者の安否や情報を把握することは不可能に近い。
 民生委員の立場からは、①業務が増加・多様化していること②個人情報の入手が困難になったこと ③オートロックマンションの増加など地域の状況が変化していること、などが切実な問題として提起されている。
 そこで、民生委員の「待遇改善(報酬提供)」や「権限強化」を図ることで、期待する役割を果たしてもらおうという意見も出てきている。逆に、ボランティアの側面をなくすことで、さらになり手が減るという見方もある。

■多様な市民を巻き込んでの議論を

 このことについて、委嘱側の厚生労働省はどのように考えているのだろう。おりしも、8月末に「平成22年度版厚生労働白書」が発行された。〈厚生労働省改革元年〉と副題にあげ、「参加型社会保障(ポジティブ・ウェルフェア)」というキーワードのもと、構成や表現に新たな工夫がされている。しかし、残念ながら「民生委員・児童委員」に関する記述はほとんど見られない。
 一方、自治体において、増加する一人暮らし高齢者や認知症高齢者を支える仕組み、障害のある人たちの地域生活支援、子育て支援、虐待に対する権利擁護体制などについて示された施策の中には、必ずといっていいほど「民生委員・児童委員」という文言が入っている。
 今回の100歳以上高齢者所在不明問題を契機に、民生委員や保護司などの「行政委嘱ボランティア」のあり方や環境整備について、抜本的に議論を始めることが必要だろう。もちろん当事者である民生委員の組織ではすでに様々な議論や提言を行ってきているが、「安心して暮らし続けられる地域づくりのためには、これからどのような人材とシステムが必要か」という視点から、より多様な市民や団体を巻き込んだ議論へと展開していくことが肝要である。

【Volo(ウォロ)2010年10月号:掲載】

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