ボラ協のオピニオン―V時評―

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警察・検察の不祥事を契機に冤罪について考える

編集委員牧口 明
 このところ、警察・検察の不祥事・失態が相継いでいる。もっとも衝撃的だったのは、大阪地検特捜部・前田恒彦主任検事による証拠改ざん事件であるが、この事件の帰趨がほぼ明らかとなった後の10月7日にも、落とし物の財布を横領した疑いをかけられた30代の男性が、大阪府警東警察署の警部補らから、やくざ顔負けの、聞くに堪えない罵詈雑言を浴びせられて自白を迫られる生々しい様子の録音が公開され、これまた、多くの市民に衝撃を与えた。また、今年3月には、90年に起こった「足利事件」で犯人とされ、無期懲役が確定していた菅家利和さんが再審で無罪となっている。
 他にも、近年の事件を少し振り返るだけでも、07年0月に再審で無罪となった「氷見事件」(※1)や、同年2月に一審で無罪が確定した「志布志事件」(※2)なども記憶に新しい。これらはしかし、特定の時期の、特定の警察や検察の問題と言うよりは、日本の警察・検察、さらには刑事司法全体に長らく巣くってきた構造的な問題であると考えられる。
 今さら言うまでもなく、警察・検察というのは国家権力の中心をなすものであり、その権力行使の仕方を一歩間違うと重大な人権侵害につながることは歴史が教えるところである。それゆえ、その権力の濫用を防ぐためのさまざまな理念や仕組みが生み出されてきた。捜索・逮捕・差し押え等における令状主義、取調べ段階における拷問・自白強要の禁止、取調べ期間(時間)の制限、防御(弁護)権・黙秘権等、被疑者・被告人の権利の保障、裁判における物証中心主義と「疑わしきは被告人の利益に」の原則、そして、それらを貫く「無罪推定の原則」などである。

■憲法・刑事訴訟法の理念は守られているか?
 日本の憲法・刑事訴訟法においても、これらの理念や仕組みはおおよそのところ取り入れられている。問題は、それが実際にどの程度現実のものとなっているかということである。先にあげた例や過去の冤罪例などを見ると、そのことにかなりの疑問を感じざるをえない。
 たとえば、冤罪事件でしばしば大きな問題となるのが「自白の任意性」に関する争いである。先にあげた大阪地検特捜部による証拠改ざん事件を引き起こした郵便不正事件では、主犯とされた村木厚子さんは終始一貫否認を貫いたものの、他の関係者は嘘の自白を強要されているし、「足利事件」など3つの事件では、犯人とされた人たちはすべて、いったん自白しているのである。これら3つの事件がいわゆる「灰色無罪」ではなく「完全無罪」であることを考えるとき、この「虚偽自白」の意味する内容は重大である。それは私たちに、日本の警察・検察の取調べにおいて「自白強要の禁止」という原則が守られていないという事実を示しているからである。
 このことと関連して、日本の刑事司法の現状についての問題点としてよく指摘されることに、以下のようなことがある。
 ①捜索・逮捕における「令状主義」の形骸化、②別件逮捕(※3)という「禁じ手」の多用、③取調べにおける「代用監獄」(※4)の問題、④取調べ期間(時間)の長さの問題、⑤取調べ時の被疑者の権利保障の不十分さ、⑥取調べの密室性(不可視性)、⑦弁護人への証拠開示の不十分さ、⑧裁判おける「疑わしきは被告人の利益に」の空文化、など。
 いま、これらの一つ一つについて詳らかに論じる紙幅の余裕がないので幾つかのポイントについてのみ述べるが、③~⑥は一体的な問題であり、「虚偽自白」を生み出す温床として国際的な批判を受けているものである。「代用監獄」というのは一般市民にとって馴染みのない言葉であるが、俗に「ブタ箱」と呼ばれる警察署内にある留置場のことである。

■国際的な批判を浴びる代用監獄

 この代用監獄が国際的な批判を浴びているのは、その場所が取調官たる警察官の管理下にあり、きわめて密室性が高いためにどのように過酷な取調べも可能であること(その一端は、先の大阪府警東警察署の取調べ録音にも伺われる)、特に、逮捕後の拘留可能期間が23日間(特殊な犯罪の場合は28日間)と、欧米各国の数時間~3日程度という期間に比して桁違いに長いことに加え、②の別件逮捕の繰り返しによりいくらでもその延長が可能なことから(ある冤罪事件では実に330日の長きにわたって拘留され、その間毎日取調べがおこなわれた)、「虚偽自白」による冤罪を生みやすいからである。
 また⑤の問題に関しては、現在も建前上は認められているものの、その行使が大幅に制限されている取調べ段階での弁護士の接見・交通の権利や「国選弁護」の制度を十二分に保障することが求められている。
 ⑦の証拠開示の問題に関して言えば、事件に関する証拠の一切は警察・検察の手の中にあり、通常、弁護士はその一部を知らされるのみである。しかし、過去の冤罪事件の例でも、被告人の無実を証明する証拠が非開示にされていた証拠の中から発見されることがある(松川事件の「諏訪メモ」など)。そうしたことを考えると、警察・検察が持っている証拠は全て開示することが求められる。
 最後に⑧の問題である。先にも述べたように、近代刑事訴訟法の大原則として「疑わしきは被告人の利益に」ということがあり、検事による「犯罪の立証」に合理的な疑いがあれば無罪の判決を下さねばならないことになっている。犯罪の立証責任はあくまでも検察にあるのであって、被告・弁護人には「無罪(無実)の立証責任」はない。ところが実際には、裁判において、被告・弁護側が「無罪(無実)の立証責任」を負わされ、「疑わしきは被告人の不利益に」されてしまっている例が数多く存在する。

■司法への市民参加は冤罪を防げるか?

 裁判への市民参加を謳う裁判員制度がはじまって1年半が経つ。検察に対する外部チェックの機関としては従来から検察審査会がある。司法過程への市民の参加にはまだまだ多くの課題もあり、これらの制度が冤罪防止に果たす効果について今のところ多くを期待することはできないかもしれない。しかし、とかく専門家による独特の論理が支配する司法の世界にわずかでも「普通の市民の感覚」が持ち込まれ、やがて、冤罪の防止にも効果を発揮できる仕組みが生み出されることを願ってやまない。最近の「痴漢冤罪事件」の多発にも見られるように、冤罪は決して他人事ではないのである。

(※1)氷見事件 

02年1月と3月に富山県氷見市で起こった少女強姦及び強姦未遂事件で無実の会社員が懲役3年の刑に処され、服役後に真犯人が現れた事件。
(※2)志布志事件 
03年におこなわれた鹿児島県議会議員選挙に絡んで町民13人が選挙違反に問われ、長期の拘留や「踏み字」と呼ばれる精神的な拷問により自白を強要された事件。
(※3)別件逮捕 本来の容疑について逮捕するだけの証拠がない場合に、別の事件の容疑者として逮捕すること。この場合の別件というのは、「友人と喧嘩して少し傷を負わせてしまった」といった普通はとても刑事事件とはなり得ないような事柄である場合が多い。
(※4)代用監獄 逮捕された被疑者は72時間(3日)以内に裁判官の面前に連れて行かれ、そこで裁判官が勾留の必要性を判断し、勾留の決定がなされれば拘置所に移されることになっている。しかし実際には、1908年に制定された「監獄法」以来、警察署内にある留置場が監獄(拘置所)の代用に使用されてきた。

【Volo(ウォロ)2010年12月号:掲載】

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