市民後見人への戸惑い 地域における権利擁護活動への市民参加とは
■「後見爆発」への危機感
新しい成年後見制度がスタートして、14年目を迎えようとしている。成年後見制度とは、財産管理や日常生活を送る上で必要となる買い物やサービスの契約などが苦手な人に、本人の権利を護(まも)る支援者(成年後見人、保佐人、補助人)を選ぶことで、本人を法的に護る制度である。後見等開始の申し立て件数は、制度開始の2000年度には約9000件であったが、今や年間3万1000件を超え、これまでに約17万件におよぶ利用がなされている(注1)。
順調に制度利用が進んでいるかに思えるが、実は、関係者の間で数年前から「後見爆発」という言葉が危機感をもって使われるようになっている。すなわち、近い将来、潜在している後見ニーズが顕在化し、爆発的に増加することが予想されるのである。
現在、認知症高齢者は全国で約208万人(注2)、知的障害者は約55万人、精神障害者は約300万人いる。後見制度の利用が必要でない場合もあるが、現在の利用数がわずか17万件ということから、必要であるのに制度に結びついていないケースが相当数あることがわかる。さらに、認知症高齢者は、25年には323万人、約1・6倍になると推計されており、今後ニーズが増大していくことは確実である。
■不足する第三者後見人
ところが、それに対応する支援者(後見人等)が不足しているのである。親族が後見人等になる率は、08年には83%を占めていたのに、5年後の11年には56%に減少している。逆に、親族以外の第三者(弁護士、司法書士、社会福祉士、法人など)の選任は、17%から44%を占めるまでになっている。申立を見ても、「市町村長申立」(身寄りのない人、家族の協力が得られない人に代わり市町村長が家庭裁判所に後見等開始の申し立てを行う)の件数は、制度開始当初は23件だったのに対し、11年度は3680件と大幅に増加している。つまり、判断能力が不十分な人の増大とともに、単身世帯や家族の協力が得られない人の増加が、「後見爆発」の背景にある。
しかし、弁護士や社会福祉士などの専門職後見人が受任できる件数には限りがある。そこで、にわかに脚光を浴び、養成が本格化し始めたのが「市民後見人」である。
厚生労働省は、11年度より「市民後見推進事業」を創設。受託した37市区町村において、市民後見人を確保できる体制を整備・強化し、その活動を支援する事業が実施されている(12年度は87市区町村)。11年6月には老人福祉法が改正され(32条の2創設、施行は12年4月)、市町村に対し、後見等の業務を適正に行うことのできる人材の育成及び活用を図るために、研修の実施、候補者の家族への推薦等に取り組む努力義務が明記された。
■一人歩きする「市民後見人」像
このように、国レベルで市民後見人への期待は大きく、各地で養成講座が開催されるようになった。しかし、権利擁護事業を実施している社会福祉協議会やNPO等現場の担当者から聞こえてくるのは、むしろ戸惑いの声の方が大きい。判断能力が低下した人の権利を護る活動の難しさ(専門性の必要)を現場で感じているだけに、研修を受けただけの「市民後見人」が果たして機能するのか? という疑問を拭えないという。とはいえ、担い手不足の問題は待ったなしなので、とりあえず養成講座のみ実施するというところも多い。
こうしたもどかしさは、「なぜ、市民後見人か」という理由と養成すべき市民後見人像が一体的になっていないからだ。関係資料(注3)を読むと、市民後見人の必要性の主張は大きく四つに整理することができる。
第1に、第三者後見人のなり手不足の解消である。これが最大の理由だが、市民後見人が受任できるのは複合した問題がないケースに限られるだろうこと、また研修受講者の中から実際にケースを受任できる人材を発掘する困難さも指摘されているため、どれだけ受け皿の拡大につながるかは不明である。
第2に、低所得者への対応が期待されている。現在、後見報酬は月額2万円というめやすがあるが、被後見人の財力によってその金額は大きく変わる。当然、生活保護受給者や低所得者が払える額は低い。そこで、専門職ではない「市民」の後見人ならば無料あるいは低額で対応できるというのである。ここで「ボランティア」という言葉が利用されることもある。被後見人の財力で、後見人の種類が決まるというのは、どうにも釈然としない。
第3に〝市民ならでは〟の特性に期待するというものである。地域福祉推進という観点からの市民参画の意義にも言及されている。「市民という専門性」といった記述も見られるが、その中身は明確にされていない。地域社会で生活する住民、本人の尊厳を第一に考え、生活を支える視点を持っていることといった表現が散見されるが、これらは、本来、親族後見人にも専門職後見人にも必要なことである。
そして第4に、専門職後見人(中でも法律職)が不得手な身上監護(注4)への期待を指摘する人もいる。これも、本来、「後見人」なら専門職種による違いに関係なく担う必要があるものだ。
■地域の権利擁護への市民参加という視点
以上四つは、いずれも解決すべき重要な課題である。そしてその解決の方向性はそれぞれ微妙に異なっている。
たとえば、第1の問題に対しては、「後見を専門に担う職業人」の養成を考えてもいいはずである。また、第2の問題については、法人後見についての議論が必要だろうし、第3については、地域における権利擁護に市民が参画していくあり方をもっと重層的に考える必要があるだろう。第4については、専門職の種類を問わず後見人としてのスタンダードとは何かの議論が必要ではないだろうか。
現状は、こうした議論抜きで「市民後見人の養成」一本ですべてに対応しようとしているきらいがあり、結果として、養成すべき市民後見人像も研修カリキュラムもあいまいになっていると言えるだろう。
権利擁護活動は一部の専門職だけが担えばいいというものではない。虐待ケースもますます増加しているなか、市民一人ひとり、そして地域社会の意識改革が求められる。そのために、市民が自ら取り組んでいけることはたくさんあるはずだ。市民参加=市民後見人という矮小化した枠組みではなく、地域における権利擁護に市民がどう参加するかという視点で捉え直すことが求められている。
(注1):成年後見の件数等の数字は、いずれも最高裁判所事務総局家庭局が毎年発表している「成年後見関係事件の概況」から。
(注2):認知症高齢者の日常生活自立度Ⅱ以上。
(注3):介護と連動する市民後見研究会の報告書(12年3月)、『実践成年後見』42号(12年7月)の特集など。
(注4):「身上監護」には、①医療②住居の確保③施設への入退所③施設での処遇の監視・異議申し立て⑤介護⑦生活維持⑧リハビリ等に関する事項が含まれる。
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