「障害者差別解消法」を実効あるものに
去る6月19日に、多くの障害者が待ち望んでいた「障害者差別解消法」(「障害を理由とする差別の解消の推進に関する法律」)が成立し、26日に公布された。施行は2016(平成28)年4月1日からとされている。
思えば、この法律が制定されるまで、実に長い道のりが必要とされた。1970年代に巻き起こった障害当事者による権利(回復)要求運動は、交通アクセスや教育の分野を中心に時に激しい運動が展開されたが、次第に労働や日常生活分野、さらには文化・芸術など幅広い分野で、障害者の一市民としての当たり前の暮らしをいかに保障するかという視点から、法制度や環境の改変・整備がおこなわれてきた。折からの「国際障害者年」(81年)を契機に「ノーマライゼーション」理念についてもある程度の理解と浸透があった。
国内では、93(平成5)年に旧「心身障害者対策基本法」が「障害者基本法」に改定されたのを皮切りに、翌94(平成6)年6月には「ハートビル法」、2000(平成12)年5月には「交通バリアフリー法」、06(平成18)年6月には「新バリアフリー法」公布と続き、11(平成23)年6月には「障害者虐待防止法」の公布、同8月には改定「障害者基本法」が公布されて、その第4条に差別禁止規定が盛り込まれた。
これらの動きはもちろん、日本国内のみの動きということではなく、先の国際障害者年の取り組みや、アメリカでの「ADA」(障害を持つアメリカ人法)制定(90年)を初めとする、国際的な障害者の権利擁護の動きと連動したものであり、その象徴が、06(平成18)年12月に国連総会で採択された「障害者の権利に関する条約」である。この条約はその後、08(平成20)年5月3日に発効し、これまでにすでに、132カ国が批准している(本年6月18日現在)。今回の「差別解消法」の制定は、同条約批准のための国内法整備の詰めの一手であった。
その中味であるが、全文26条、付則9条のごく簡易な法律である。骨格は、11年8月に改定された障害者基本法第4条にある「差別の禁止」規定についてより具体的に、「差別を解消するための措置」として①差別的取り扱いの禁止と②合理的配慮の不提供の禁止を掲げ、前者については、国・地方公共団体のみでなく、民間事業者についても法的義務とし、後者については、国・地方公共団体は法的義務としたものの、民間事業者については努力義務に留めている(注)。ただ、その努力の実態について、主務大臣が必要に応じて報告を求め、助言、指導、勧告を「することができる」(12条)と定めるとともに、報告要請に応じなかったり虚偽の報告をおこなった場合には「20万円以下の過料に処する」(26条)としている。
また、「差別を解消するための支援措置」として①紛争解決・相談、②地域における連携、③啓発活動、④情報収集の4つが上げられているが、このうち①と②については、新たに設けることが可能となった「障害者差別解消支援地域協議会」(17条)を中心とした対応が考えられているようである。ただこの協議会は、「医療、介護、教育その他の障害者の自立と社会参加に関連する分野の事務に従事するもの」(関係者)が「組織することができる」とされており、必置のものとはされていない。
ところで、この法律では、肝心の差別の定義について、障害者基本法第4条の「障害を理由とする権利侵害行為」と「社会的障壁の除去を怠ることによる権利侵害(合理的配慮の不提供)」の2概念を超える定義はなされていない。この点について、この法律の制定をリードした内閣府の障害者政策委員会差別禁止部会が昨年9月に提出した「『障害を理由とする差別の禁止に関する法制』についての差別禁止部会の意見」では、以下のような概念整理がおこなわれた。
すなわち、障害者差別には「直接差別」「間接差別」「関連差別」「合理的配慮の不提供」の4類型が考えられるが、そのうち直接差別は、障害を直接の理由とする区別・排除・制限等の(健常者とは)異なる取扱い、間接差別は、外形的には中立の基準・規則・慣行ではあっても、それが適用されることにより結果的には他者(健常者)に比較して(障害者に)不利益が生じる取扱い、関連差別は、障害に関連する事由(車いすを利用しているとか盲導犬を連れているなど)を理由とする区別・排除・制限等の異なる取扱い、合理的配慮の不提供は、障害者に他の者(健常者)と平等な権利の行使または機会や待遇が確保されるには、その者の必要に応じて現状が変更されたり、調整されたりすることが必要である(車いす利用の勤労者のために事業所の段差をなくすなど)にもかかわらず、そのための措置が講じられない場合とされた。
この点は、今回の法律の最も要となる部分であり、一般の人たちにとっても最も知りたい事項であると思われるので、丁寧な説明が必要である。
今回の法律では、国がまず「基本方針」を定め、それに基づいて、国および地方公共団体や独立行政法人の職員に対する「対応要領」、一般事業者向けの「対応指針」を策定することにしており、その「要領」「指針」で、「何が差別に当たるのか」が具体的に明示されることになっている。その際に前述の差別禁止部会の意見がどの程度反映されるかが、法律の実効性に大きな影響を及ぼすものと思われる。法律に規定されているように(9~11条)、障害当事者の意見が最大限反映されたものとなるよう、当事者を中心とした働きかけが必要である。
差別禁止部会の意見書にもあるように、今回の法律の制定は決して、差別した者(組織)を厳しく取り締まり、罰則を与えることが目的ではない。むしろ、今後、差別する者も差別を受ける者も作り出さないために「国民誰しもが理解し得る共生社会の実現に向けた共通のルール」として定められたものである。
今回の法律は、名称が当初(民主党政権当時)考えられていた「差別禁止法」から「解消法」とされたことに象徴されるように、内容的にも、さまざまな点で差別禁止部会の意見書に及ばないものである。先にも述べたように、すべては、今年度中に定められる予定の「基本方針」と、それを受けて来年度中に定められることになっている「対応要領」「対応指針」がどのような内容のものになるかにかかっていると言っても良い。その動きを大きな関心をもって見守るとともに、法律を実効あるものとするために当事者とともにさまざまな機会に声を上げていきたいと思う。
(注)「障害者差別解消法」と相前後して改定された「 障害者雇用促進法」では、合理的配慮についても法的義務とされた(16年4月1日施行)。
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