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特定秘密保護法-恣意的運用の悪夢

編集委員増田 宏幸

【注記】本稿は特定秘密保護法案が衆議院で強行採決された11月26日に出稿しました。参議院での審議が残るものの、残念ながら本誌発行時点では可決成立している可能性が極めて高く、本稿も法案成立に対する論評としました。

 必要性すら定かでない特定秘密保護法は、廃案にすべきであった。不信の源は、突き詰めれば法をつくり、運用する組織・人への不信だ。客観的証拠 に立脚する刑法でさえ、運用を誤れば冤罪を生む。まして特定秘密保護法は、前提となる特定秘密の内容や、秘密指定の妥当性さえも公にならない。何 も知らずに道を歩いていたら、突然「禁止区域に立ち入ったから逮捕」と告げられる――。そんなはずはない、と思いたい。だが法律がいったんできて しまえば、悪夢が現実になりかねない。恣意的な運用を許さないために何をすべきか、考えねばならない。

■実例が示す「法の下の不平等」
 法律が運用次第だということは、実例が示している。その一つが1992年3月に施行された「暴力団員による不当な行為の防止等に関する法律(暴 力団対策法)」だ。この法律を適用するには公安委員会が「暴力団指定」をする必要があるが、そのいくつかの要件の一つに「構成員に占める犯罪経歴 保有者の人数比」がある。要は、世間一般に比べて明らかに犯罪経歴者の比率が高い集団でなければ暴力団指定できないということだ。

 法律そのものは民事介入暴力などに対処するために考え出され、市民を守る目的であることは論を待たない。だが「犯罪経歴者の比率」という要件を 満たすために当時起きたのは、法の下の平等という言葉がお題目に過ぎないことを示す現場での運用だった。
 例えば一方通行をわずかに逆走しただけで、暴力団組員が逮捕される事案が実際にあった。通常なら違反切符を切られるだけだろう。20年前にも 「『組員』」がいつ『記者』になってもおかしくはない」と思ったが、特定秘密は防衛、外交、テロ、スパイに及び、法の適用範囲は広い。組員の犯罪 は取り締まる必要があるが、所属や肩書きで法の運用に差が出るなら、記者だけでなく「反戦活動家」や「原発ゼロを目指す市民活動家」はどうなるだ ろうか。運用側がひとたび取り締まり対象にしたなら、どんな扱いが待ち受けているか全く楽観できない。特に捜査を担う警察の警備・公安部門の活動 は表に出ない部分が多い。いつの間にか捜査対象になり、家宅捜索や逮捕に至ることは、簡単に令状を出す裁判所の現状を考えてもあり得ないことでは ない。

■魔法の杖が作り出す秘密の盾
 もう一つの懸念は、本来公開されるべき情報が「特定秘密」を盾に隠されてしまうことだ。原発に反対するには、原発のことを知る必要がある。しか し何が秘密か分からなければ、テロ対策を理由に開示を拒まれた場合、どこまで追及できるだろうか。この点で運用側は実に有利だ。物事は相互に関連 し合っている。関連付ければ秘密の範囲は際限なく広がる。ただでさえ情報公開に消極的な原発だ。本来は隠す必要がない情報が特定秘密に含まれ、そ れ以外の情報も一緒くたに出てこなくなることは容易に想像がつく。運用側にとって、この法律は魔法の杖になるかもしれない。逆にアプローチする側 にとっては、苦労して得た情報が特定秘密だったり、情報を得ようとする努力自体が罪に問われたりする危険がつきまとう。それこそが萎縮効果だ。
 国会審議の中で、森雅子・担当相は「違法行為を隠すために秘密指定することはない」と明言した。だがそれはどのように担保されるだろうか。森氏 はいずれ閣僚を外れ、議員を引退し、この世からも消えるが、法律は残る。その時にどう運用されようと、森氏の言葉は何の効力も持たない。あるいは 安倍首相も今は本当に「正しく運用する」と思い、または「正しく運用される」と信じているかもしれないが、それが幻想であることは戦前の例をみれ ば明らかだ。

■今に通じる軍機保護法などの制定過程
 防衛省防衛研究所が2年前に出した同研究所紀要第14巻第1号に「研究ノート 軍機保護法等の制定過程と問題点」と題した論文がある。戦前に制 定された改正軍機保護法(37年)や軍用資源秘密保護法(39年)、国防保安法(41年)の内容や制定過程を分析し、問題点を検討したものだ。詳 細は省くが、いずれの審議過程でも議員側から恣意的な秘密指定や取り締まりの行き過ぎについて疑義が出され、法の運用に極力縛りをかける付帯決議 をしたり(軍機保護法)、政府側が「人を見て『スパイ』なりと云うような感じを起こさないように努むる」(軍用資源秘密保護法)と答弁したりする など、現在に通じる論争があったことが分かる。
 中でも参考になるのは国防保安法だ。同法第1条で規定された国家機密の範囲は不明確で、機密を官庁が指定したり、官庁の申し立てで首相や両院議 長などが指定できたりした。この点について論文は「問題は、国防保安法の運用である。というのも、議会に提出された国防保安法案は、他の法令に類 例を見ないような厳罰主義を採用しており、(中略)刑事手続きに関して、とりわけ検事に強大な権限を付与した結果、人権蹂躙の非難を招く虞はない か、あるいは司法警察官に強制権を与えることは危険ではないか、といった質問が委員会を通じて絶えず提起された」と記す。こうした懸念にもかかわ らず、同法は近衛文麿首相の「是が運用に付きましては、極めて慎重な考慮を必要とする」旨の答弁や、柳川平助司法大臣の「本法立案の精神たる間諜 防止、国家機密の漏洩を予防する以外に之を他の目的に利用することは一切致さぬ」という明言を経て、原案通り可決、成立したのである。
 論文によれば、37年から40年までの軍機保護法違反などの検挙数は計1439人。それが、国防保安法が成立し太平洋戦争が勃発した41年は1 年間で1058人に上った。論文では起訴率や有罪率が極めて低かったことも指摘しているが、その分、検挙の不当性が浮き彫りになる。有罪にならな くとも、検挙が社会に与えた威迫効果は想像に難くない。

■情報は主権者のもの
 携帯電話が盗聴され、電子メールなどインターネット情報が監視される現代社会で、特定秘密保護法は本当に必要だろうか。情報公開に後ろ向きで、 議事録をつくらなかったり廃棄したりする日本の官僚機構をみていると、法の目的は国や国民を守ることでなく、自らの組織を守るためではないかとい う疑念がどうしても消えない。情報は、支配しようとする者にとって最も重要な武器の一つだ。だが我々は被支配者ではなく主権者であり、情報収集は 我々の税金によってなされている。我々が関与できない形で情報が隠されてはならず、百歩譲ってもあいまいな形で例外を作ることなく、一定期間後に 全面公開されるべきだ。法の運用に目を光らせ、問題点は必ず是正させなければならない。

【編集部注】本誌でのV 時評の発表に先駆けて、2013年11月22日、大阪ボランティア協会のホームページでV時評の「要旨」を掲載しています。これは特定秘密保護法案には社会を萎縮させ、市民活動にとっても見過ごせない要素が含まれているとの立場から、緊急に問題点を論じる発信として本誌発行より先行したものです。購読者皆様のご理解をお願い申し上げます。

【Volo(ウォロ)2013年12月号:掲載】

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