ボラ協のオピニオン―V時評―

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二つの多様性を目指して ~ウォロ隔月化にあたっての決意

編集委員増田 宏幸

■内容・判型刷新、11年ぶり大改革
 ウォロが今号から新しくなった。1966年に「月刊ボランティア」として創刊され、2003年1月号で「Volo(ウォロ)」に改題、判型もB5判からAB判に改編した。半世紀近い歴史の中では他にも様々な改革を重ねているが、今回の刷新は11年ぶりの大きなものだ。判型はA4判となって若干「背」が伸び、表紙以外にもカラーページを導入した。内容では特集の充実を最優先課題に、各コーナーについて一から検討した。新たな企画を立てると同時に存続コーナーも俎上に載せ、V時評は次号から2本立てとなる。今後も読者の評価を待ちつつ、より良い誌面への改革を続けたい。
 と、ここまではリニューアルのプラス面、あるいは積極的な側面と言える。半面、発行回数が年1回から隔月の6回に減るのは、正直に言って編集委員会の態勢に負うところが大きい。編集委員(奥付ページにメンバー一覧)にはそれぞれ本業があり、関わる活動を持っている。誌面の方針を決める編集委員会は毎月1回、午後7時から2時間ほど。ここで先々の号を含めて特集内容を検討し、取材・執筆者を決め、各コーナーの取材相手や、原稿を依頼する外部筆者の人選などを討議する。
 東日本大震災以降、発行元である大阪ボランティア協会や個々の編集委員が被災地支援に注力したこと、また大阪府政・市政改革の余波で協会事務所の移転(市民活動スクエアCANVAS谷町を開設)を余儀なくされたことなど、取材・編集態勢にも影響する出来事が続いた。発行遅れが次第に常態化し、「このままでは誌面の質も維持できない」というのが編集委員の共通認識となった。こうした隔月化の背景を、まず読者の皆様に報告したい。ただ、この発行回数減も、ウォロのような市民メディアとしてはプラス方向で考えたいと思っている。いきなり話が跳んで恐縮だが、日韓関係を題材に以下、その理由を述べたい。

■韓国ドラマで描かれる「民心」とは
 韓国の時代劇を見ていると、必ずと言っていいほど「民心」というセリフが出てくる。例えば「王様、それでは民心が離れてしまいます」とか「民心こそ王が頼るべきものです」といった具合だ。「民心」の効果は絶大で、日本なら為政者が都合良く解釈しそうなのに、韓国ドラマでは善玉も悪玉も大いに民心を尊重する。時代劇とはいえ制作者・視聴者は現代人であり、ドラマもその考え方や期待を反映しているだろう。韓国では戦後長く強権的な政治が続き、93年の金泳三(キム・ヨンサム)大統領就任でようやく文民政権が実現した。日本のドラマに世相が反映されるように、韓国には「民心=民主」に対して極めて強い思いがあるのを感じる。
 では、現在の慰安婦問題を中心とする日韓関係に、民心はどう関わっているだろうか。一つ目は、韓国政府が民心を制御できないという点だ。朝鮮半島は日本の統治によって戦争に巻き込まれ、多くの犠牲を生んだ。戦後は南北分断、朝鮮戦争があり、塗炭の苦しみを嘗なめた。一方で日本は、敗戦によって朝鮮半島と台湾、満州、南洋諸島、樺太、千島列島などを失ったが、韓国や中国から見ればそれらは本来の日本ではない。ドイツは東西に分断されたのに、日本は米国の庇護の下、沖縄返還を実現し、経済的繁栄を達成した。韓国国民からすれば「日本は過ちの代償を支払っていないではないか」――という思いがあるだろう。そして民心がそうである以上、尊重せざるを得ないのが政府の立場だ。日本の感覚とはかなり違いがあると思う。
 一方で日本人の中には、日本も原爆や空襲で焦土となり、莫大な犠牲を払った。戦後は連合国軍に長く占領されたし、独立回復後はODA(政府開発援助)などで韓国や中国の復興・成長に大きく寄与した――と考えている層がある。もちろん日本の来し方に思いを致す人も多いが、相手国の感情や国柄まで考えないと、このすれ違いは容易に埋まらないだろう。

■日韓関係にみるメディアの役割
 民心が日韓関係に関わる2点目は、メディアの問題だ。韓国政府が認識する「民心」とは、何だろう。報道は本当に民心を反映しているだろうか。韓国ほど民意が尊重されない日本でも、報道が政策に響かないことはない。増税が良い例だ。どの党も選挙への悪影響を懸念し、「ばば抜き」のように責任を押しつけ合う。「負ける」と判断する根拠の一つに、世論調査を含む報道がある。韓国政府も同じか、それ以上に報道を民心として意識しているに違いない。でも増税の是非はさておき、報道の論調が反対であっても大多数が「拒否」とは限らない。逆に「容認」ムードがつくられたとしても、誰もが支持しているのでないことは、周囲を見れば分かることだ。
 日本人が認知する韓国の「民心」は、韓国の報道を日本のメディアが報じたものが大半だろう。つまり、民心は二重のフィルターを通って日本人に届く。韓国人が受け止める日本の民意も同じだ。では日本人の大半は韓国を毛嫌いしているだろうか? そんなことは全くない。ヘイトスピーチに反対する人もいれば、韓流ドラマが好きな人も多い。恐らく韓国でも同様だろう。ただし、今の状況が続けば感情は悪化していく。双方の民意を正しく捉え、関係を正常化するには、マスメディアの報道やブログ、書籍などの主張に対する高度なリテラシーが必要だ。努力を続けなければならない。

■「マス」とも「極論」とも違う切り口で
 ここで「ウォロ隔月化をプラス方向に」という論点に戻りたい。決めるまでに何度も議論を重ねたが、根底にあったのは「発行に追われるより、中身の濃い誌面を届けたい」ということだ。外交はウォロのテーマになりにくいかもしれないが、マスメディアとも、ネットの極論とも違う切り口で発信していくことはできる。それは生物多様性ならぬ「メディアの多様性」を担保することにもつながる。併せて、思考停止や一面的な考え方に陥らないよう、読者に多様な視点を提供する。この二つの多様性が、市民メディアが存在する価値だと思う。そのためには編集委員が十分に学び、考え、議論を深める必要がある。それが隔月化の理由であり、ウォロの目指す方向であり、決意としたい。

【Volo(ウォロ)2014年4・5月号:掲載】

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