ボラ協のオピニオン―V時評―

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18歳新有権者の皆さんへ ―民主主義って何だろう?

編集委員牧口 明

 新しい年度が始まり、全国各地で新社会人、新大学生、新中学・高校生など、多くの「新○○さん」が新しい生活を始めています。その中に、一昨年 から今年に掛けて18歳の誕生日を迎え、新有権者となる予定の人たちがいます。
 マスコミ等で報道されているように、昨年6月に公職選挙法等が改定され、この6月19日に施行されるため、7月に予定されている参議院選挙から 「18歳選挙権」が実現することになっています。そこで、「民主主義の危機」が語られる現在、改めて民主主義について考えてみたいと思います。  ここ数年の日本の政治と社会の動きを見るとき、それはどうも、民主主義の拡充や人権の擁護とは反対の方向に流れているように見受けられてなりま せん。特に一昨年7月の、集団的自衛権容認の解釈改憲以来、たががはずれたような民主主義否定の動きが強まっているように思えます。その問題点を 挙げると、

①解釈改憲という、立憲主義の政治体制の下であってはならない政治判断が時の政権によってなされたこと。
②その解釈改憲に基づいて、さまざまな問題が指摘されていた安全保障関連法制が充分な説明がなされないまま制定されたこと。
③そうした行動を取る政権を支持する国民が支持しない国民を多くの調査で上回っていること。
④それを背景に、政権によるマスコミへの報道圧力が強まり、次第に政権批判ができにくい「空気」が醸成されつつあること。
⑤これまで「ネトウヨ」などと言われ、言わば「裏の世界」の現象であった粗野な言説が「表の世界」の政治家に見られるようになり、その言説が少な からぬ市民に支持されていること。

 このような現象をどのように受け止め、解釈すれば良いのか戸惑いを覚えざるを得ないのですが、こうした政治を良しとする人の民主主義理解が「数 の論理=多数決原則」に大きく傾いているように見受けられることに違和感を覚えます。
 私は民主主義というものを三つの要素で考えています。一つは、民主主義の一番基本になければいけないと思われる「基本的人権の尊重」。二つ目 は、これも民主主義を成り立たせる上ではずしてはならない、「参加の保障=手続きの尊重」。そして三つ目が、当面の方針を決定するための「多数決 原則」です。
 もし、民主主義が多数決原則だけで成り立つものとするならば、さまざまな社会的マイノリティの人権は蔑ろにされる危険性が極めて高いことは歴史 が証明しています。
 また、民主主義で大切なことは「説得と納得」です。立場の違うさまざまな人びとが一つの集団として共に行動(生活)するためには、立場の違いや 考え方の違いから生じる異なった意見を互いに尊重し、それぞれが納得できる結論を導くための十分な議論の場や合意形成のための手続きが大切です。 この議論や手続きは時に「面倒くさい」ものですが、この議論や手続きを軽視すれば民主主義は成り立ちません。
 とは言うものの、一方で私たちは、ある期限内にある決定をしなければならない「時間の壁」と向き合いながら生きています。いくら「説得と納得」 が大切でも、無制限に議論を続けることはできません。どこかの時点で「とりあえずどうするか」を決める必要性が出てきます。その時に採られる手法 が「多数決原則」です。
 つまり、多数決は「とりあえず」の結論を得るための方法であって、決めて実行してみた結果が当初の予測どおりにならなければ、少数意見が多数意 見となることもあり得るのです。
 以上のような認識に立つと、多数派が「数の論理」を振りかざして「丁寧な説明」や「手続きの尊重」をおこなわずに物事を決めるのは「数の横暴」 「民主主義の破壊」と言われても仕方ありません。この時評をお読みいただいた新有権者の皆さんが初めての選挙権を行使されるに当たって、いささか なりともこの「戯言」を参考にしていただけるなら望外の幸せです。

【Volo(ウォロ)2016年4・5月号:掲載】

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