里山資本主義と里海資本論に寄せて
雲行きが怪しい日本経済のくすんだ未来をクリアに明るくしてくれる本が出た。ひとつは藻谷浩介さんとNHK広島取材班が出版した『里山資本主義』(角川書店)、もう一つは姉妹編ともういうべき井上恭介さんとNHK里海取材班が出した『里海資本論』(角川書店)である。『里山資本主義』は初版が2013年なのでやや古くなったけれども、『里海資本論』は2015年発行なので、まだ新しいとして取り上げてもいいだろう。
ここにいう里山資本主義と里海資本論は、造語ではあるが、日本経済再生や地域活性化を考え直す機会を与えてくれる。マネタリズムの典型ともいえるマネー資本主義に対抗して考え出された言葉といっていいかもしれない。
かつて日本人が丁寧に手を入れてきた山林や農地、それから海浜などの自然環境を見直して、休耕田や休眠資源そして海洋資源を再利用し、地産地消の地域循環型経済を取り戻そうという発想が里山資本主義と里海資本論の内容である。投資や貯蓄でマネー経済を動かすという発想ではなくて、人々が暮らす自然環境から得られる自然の恵みをもっと大事にした、環境にも人間にも優しい地域社会を取り戻そうという試みでもある。
『里海資本論』は『里山資本主義』の続編だが、瀬戸内海を舞台に「アマモの森」と「牡蠣の筏」を再生させた人びとの取り組みの取材を通じて、里海という自然に人間が手を入れ、地域循環型経済を再生させるという物語である。
お金を出せばなんでも簡単に手に入れることができるようになった物あまりの日本社会、いつから人びとは使い捨てに慣れ、物を大事にしなくなったのだろう。焼却処分しないと経済的にも物理的にも流通が滞る消費経済大国、使い捨ての商品が相変わらず再生産され続けている現代の日本。豊かな社会にするには経済の規模を大きくして金や物や人の流通を多くする。他方、売れなくなった大量の食材が廃棄され、大量に排出されるゴミの回収と焼却、そして大気汚染にオゾン破壊。地球規模で破壊されていく自然環境をなんとかしたいと悩み、環境問題に取り組んでいるボランティアは多い。
里山資本主義と里海資本論は、いまある地域資源の価値を見出して、地域社会に眠っている「資源」を地域住民の「資産」に変換しているのではないだろうか。マネー資本主義によってずたずたに切り込まれ、破壊された、地域社会の古き良き「おすそ分け」や「ふるまい」「おせったい」など助け合いや支え合いを復活させようとする運動にもみえる。古き良き慣習や習慣は、そのままでは持続させることはできないけれども、現代風に少し手を加えて、活用すれば、これまで価値の無いものとされ、置き忘れてきたものに光や輝きを取り戻すことができるという教訓を示している。まさしく地域資源に敬意を払い、それに手入れをし続けてきた住民の「もったいない」思想ではないだろうか?
いまある地域資源を使って、それも忘れられ見捨てられた地域資源に手を加えて再生する。環境問題でよく交わされる3R、Reduce(減量)、Reuse(再利用)、Recycle(再資源化)に、Respect(尊敬)を加えて、「もったいない」の言葉を提唱したのは元ナイロビ大学教授のワンガリ・マータイさんだが、リフォーム(Reform)によるリニューアル(Renewal)を加えても良い。ボランティアの得意とするところが、貨幣経済では値段をつけられないことに値打ちを見出す能力にあるとすれば、市場経済が見捨てていった海や山や海辺を取り戻す取り組みこそ先行きの読めない日本経済のもうひとつの見取り図を示してくれている。
【Volo(ウォロ)2016年8・9月号:掲載】
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