「基準」に翻弄される市民を救うには?
高齢ボランティアによる地域おこし活動のリーダーである知人(73)が、7月に突如約40日間入院した。彼は18年前、全国で患者2000人という手足が痺れる神経系の難病に罹り、以来、血液製剤の点滴を週1回受けてきた。点滴1回25万円もする医療費を抑制するためか、健康保険の基準は「1カ月治療した後1カ月空けなければ保険は適用できない」ので、知人は奈良県内の一般病院と大阪の大病院を月ごとに交互に通っていた。
ところが、保険審査機関から「府県を替えてもダメ」という通告があり、やむなく点滴を中断。すると2週間後には症状が悪化。別の治療法を試みても効果はなく、一時は両手両足が完全にマヒした。
幸い、息子さんが「患者の会」のホームページから「毎週点滴している患者もいる」という「例外情報」を発見して、大学病院の専門医に紹介状を書いてもらうことができ、再び点滴が毎週行えるようになった。今では自転車に乗れるほど快復している。
話は変わるが、9月初めに東日本大震災の被災地、宮城県石巻市で住宅問題の勉強会があった。そこで知ったのは避難所に行かず、被災した自宅にとどまった「在宅被災者」の実情である。こうした住民は、避難者ではないという理由から、日本赤十字社から贈られる冷蔵庫、テレビなど家電6点セットがもらえない。応急修理制度で支給された52万円を使うと仮設住宅入居の権利を失う。住宅再建の加算支援金を使うと復興公営住宅への入居が難しくなる「基準」があるという。その結果、建物が壊れて隙間風が入り、風呂も無く、カビだらけの住居に我慢して住んでいる人がいるそうである。今、仙台弁護士会が2015年11月から始めた、200軒を超す在宅被災者宅の訪問調査が進んでいる最中だ。
「まるっと西日本」(東日本大震災県外避難者西日本連絡会)代表世話人の古部真由美さんは「被災者は、仮設住宅、公営住宅の抽選、自宅を再建するための今まで聞いた事もない災害特有の法律や国が行う各種制度を勉強しないと前に進めない」と話す。つまり、自己努力で情報を得た人や、サポートしてくれる人や団体があれば救済されるが、そうした情報を知る機会がない人は役所の窓口で「あなたの場合は基準に合わない」と追い返されるのがオチなのである。
「福祉の情報格差への疑問から研究者になった」という中田雅美・札幌学院大准教授(地域福祉)は「日本の福祉制度は、課題が生じる度に機能を追加するやり方だったため複雑化し、『多様化』というより『混在』という状態に陥り、それらを調整する部局もない。デンマークでは、サポートが必要な人には、自治体の担当者1人が寄り添い、福祉や医療、住宅などの多様なサービスにつなげている」と指摘する。
厚生労働省が取り組む「地域包括ケア」は、デンマークのような「寄り添い型」を志向している。一つの支援困難ケースの課題解決のために様々な専門職が集まって、「地域ケア会議」を開くことを想定している。ただ、これが機能するには、処遇の過程を記録し、情報公開や「本人情報開示」による透明性と情報の共有が不可欠である。
それらを欠くと、重要な集団的自衛権行使容認の閣議決定(2014年7月)に関する憲法上の検討過程を記録しなかった内閣法制局や、豊洲市場問題で奇々怪々な決定過程が明らかになった東京都のようになり、制度自体が形骸化する。むしろ、記録がない場合や、市民や国民が理解可能な情報を公開しない場合に、行政上の決定を無効にするといった厳格な「基準」こそ設けるべきである。
【Volo(ウォロ)2016年12月・2017年1月号:掲載】
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