自分を守る「盾」を―ライフ・リテラシー教育の必要性
引きこもり、孤独死などが社会問題化して久しいが、2019年はその実態把握が進んだ年であった。3月には、内閣府が40~64歳までの中高年の引きこもりについての初の実態調査を行い、推計61万3千人に及ぶことが発表された。これまでに把握されていた15~39歳までの引きこもりの推計54万1千人を加えると、優に百万人を超える。
また、11月には「大阪市内で1年間に発見された孤独死は1101人」という調査結果(大阪府監察医事務所が17年に初調査)が発表された。大阪市内だけで1日に3人の孤独死が見つかっている計算になる。孤独死については国による明確な定義や統計は存在せず、実態把握が進んでいないことから、自治体によるこうした取り組みの意義は大きい。
虐待やいじめについては、以前から実態把握が進められているが、いずれも増加傾向にある。例えば10月には、小中高校で18年度に認知されたいじめが前年に比べて大幅に増加(約54万4千件)したことが文部科学省調査で明らかになった。
こうした状況を背景に、数年前から生活困窮者自立支援制度の強化やスクールソーシャルワーカー、コミュニティソーシャルワーカーの配置等、相談を待つ姿勢ではなく、アウトリーチ(積極的に対象者がいる場所に出向いて働きかける)の必要性が強調されるようになったことは、大きな前進であろう。
これに加えて、今後重要性が増すのが、〝当事者自身の生きぬく力を高めていく〟ことではないだろうか。すなわち、困った時にSOSを発信すること、誰かに助けを求めてもいいという意識とその方法を知っていること等、自分で自分の身を守るという力を子どものころから身につけておくことである。
このことは、子どもの居場所づくりや権利擁護、生活困窮者支援などの最前線にいる実践者からも指摘が増えている。たとえば、地域福祉推進のある会議の場で、子どもの居場所づくりを行っているNPOの代表者から、「子どもたちと関わってつくづく思うのは、なぜもっと早い時点で支援の手が入らなかったのかということ。子ども自身がSOSを発信する力をつけていかないと救われない」と指摘があった。続いて、障害者の虐待防止の研修を実施している団体からも、最近の研修は支援者向けよりむしろ本人向けの研修に力を入れているとの報告があった。
これに呼応するかのように、19年は出版界でも大きく話題になった本が登場した。『こども六法』(山崎聡一郎著、弘文堂)である。8月20日の刊行以来、2カ月で15万部、3カ月で28万部という児童向け法律書として異例のヒットとなった。著者自身がいじめ被害経験者であり、「小学生当時の自分に法律の知識があれば、自分で自分の身を守れたかもしれない」との思いから発行に至ったという。
また、「入門! ライフ・リテラシーゲーム」というユニークな社会保障教育教材(開発・制作ライフ・リテラシー)も高校や大学の授業や企業などの研修で活用が広がった。ライフ・リテラシーを「社会生活を送るうえで必要な知識や情報を持ち、活用する能力」とし、遊びを通して「身を守る盾」を得ることを目的としている。開発のきっかけは、ある事件の被害者となった若いシングルマザーが児童扶養手当の存在を知らなかったという新聞記事に衝撃を受けたことだという。
翻って、小中高校で行われている福祉教育の現状はどうだろうか。主流となっている福祉施設等での高齢者や障害者との交流、車いす体験や高齢者擬時体験などの意義はもちろん大きいが、社会保障教育、税教育、主権者教育、労働教育の視点を盛り込んだプログラム開発が今後重要になるのではないだろうか。
【Volo(ウォロ)2019年12月・2020年1月号:掲載】
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