ボラ協のオピニオン―V時評―

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大阪ボランティア協会 ボランタリズム研究所 所長岡本 仁宏

 アメリカ大統領選挙であらわになった社会の分裂は、他人事ではない。日本でも、SNS(ツイッターやフェイスブック等)、ブログや動画サイトでの投稿の激しい攻撃性は日常化している。
 実は、分裂社会がネットで表現されているのか、ネットが分裂を強化しているかはっきりしない。エコーチェンバー(反響室)とかフィルターバブルとか言われるように、仲間内の世界に閉じこもり分裂や攻撃性を高める傾向もあるとはいえ、むしろ強く極端な意見を持つ人がネットを使って頻繁に発信する傾向も強い。ちなみに、若者よりも中高年の方が極端な意見の頻繁な発信を行っている。

 攻撃的な言説は、丁寧な議論をする穏健な人々を委縮させ発信を控えさせる。問題そのものに丁寧に向き合おうとして意見を出すことが困難になる。
 トランプ現象の背後には、衰退する製造業で働いていた白人中高年労働者の貧困化があるともいわれる。彼らの「絶望死」、つまり自殺やアルコール・薬物中毒等による死が増えている。日本でも、不安定雇用や新型コロナ不況によってあらわになった貧困化、確実な高齢化や人口減少、原子力発電所、中国の権威主義・大国主義等への対処について、議論が深まっているとはとても言えない。
 ネットでの過激な議論は、直面すべき困難な問題についての真摯な議論を妨げている。

 市民社会は、分裂した社会や公論の場を再建できるだろうか。
 市場は、本来、対立を越えて機能する。企業は対立を越えて顧客を得たい。国家は、本来、対立を制度の枠にはめて公共の仕事を行う仕組みだ。民主的な選挙と裁判とで紛争解決を図り、社会の基盤を整え共通の仕事を行う。市場も国家も対立の原因を作るが、対立そのものを作るわけではない。対立をあおって儲ける商売や対立をあおって権力を獲得維持することもあるが、それは一部にすぎない。
 あえていえば、実は、①自由な公論や②自発的な非営利集団の世界である市民社会こそが、激しい対立を育み激化させているのではないか。世界的に見れば、市民社会の重要な構成員である宗教団体や信仰は大きな紛争の種になってもいる。陰謀論やフェイク情報を広げ過激な政治活動を行う政治団体や政治言説も、市民社会の要素である。ネット世論も世論である以上、市民の自由な言論活動の一部である。
 他方、忘れてはいけないが、ネットは市民の「不可能」を可能にした。行政情報や統計情報、法令や審議会の情報、最先端の意見や情報の共有と拡散コストは劇的に低下した。少し前まで分厚い『六法全書』がなければ法律すら読めなかったが、今は、ググれば一発だ。ネットは、市民がこの世界を知り世界に発信し世界を作っていく巨大なツールでもある。
 しかし、市民はまだこのツールに振り回され、社会的困難に立ち向かう市民社会の質を作り出せていない。

 インターネット革命の下で、改めて市民社会とは何かが問われている。
 このような時にあってこそ、具体的な困難の解決のための相互扶助や情報交換、匿名でない信頼できる意見表明の場を形成し、さらにともに行動できる提案が必要ではないか。そんな地道でしかも楽しめる実践が、ネット上でも対面でも重要だ。  もちろん、容易ではない。ネットでは「荒らし」「スパム」のような有害情報が飛び交っている。偉そうな意見を垂れたい過激で暇なおじさんたちも待っている。だから、丁寧な広場のメンテが必要だ。
 大多数の人々は、ネトウヨでも極左でもない地道で真摯な生活者である。今一度、具体的な問題や課題に基づく協働の取り組みという、NPOや非営利社会活動の意味を確認し、ネット社会にふさわしい市民社会のバージョンアップを図ることが必要なのではないか。

【Volo(ウォロ)2020年12月号・2021年1月号:掲載】

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