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コロナ禍と「ヘイト」 日本社会に潜む危険

編集委員増田 宏幸

 新型コロナウイルス感染症は、社会が内包するさまざまな矛盾や課題をあぶり出したと言われる。米国でアジア系の人々に対するヘイトクライム(憎悪犯罪)が多発しているとの報道が増えており、路上で頭を蹴られる女性の映像や、アフリカ系の男女グループに襲われて肩を骨折した日本人ジャズピアニストのニュースを目にした人も多いのではなかろうか。
 ヘイトクライムの背景として、アジア系移民を排斥した米国史、コロナ禍による経済状況の悪化と社会の閉塞感、トランプ前大統領がコロナウイルスを「中国ウイルス」と呼び続けた影響――などが指摘されている。アジア系米国人はコロナ禍の中でも、アフリカ系、ヒスパニック系に比べて失業率が低いとの統計もある。コロナ禍がもたらす大きなストレスが、すり込まれた情報や経済格差を引き金として特定の層への攻撃に短絡するということだろう。欧米のコロナ感染者数、死者数は日本と段違いに多く、ロックダウンなど外出制限も厳しい。飲食店の時短営業が主の日本とはストレスの度合いが違うが、その日本でも形を変えたヘイトクライムは起こり得る。

 4月10日、千葉県警が公務執行妨害容疑で34歳の男性を逮捕した。男性はマスクを着けずに飲食店に入ろうとして店側が拒否し、駆けつけた警察官を殴った疑いが持たれている。この男性は2020年9月、飛行機内でのマスク着用を拒否して客室乗務員らとトラブルになり、今年1月に威力業務妨害容疑などで逮捕(その後起訴、釈放)された。報道によると、東京や長野でも同様のトラブルを起こしていたという。
 この男性について「変なやつ」「特殊な事例」というのは簡単だ。その場に居合わせたら正直、「マスクを着ければいいのに。いいかげんにしてくれよ」と思っただろう。一連の言動が事実なら、あえて挑発的な態度を取っている可能性もある。しかし一方で、咳もなく会話もしないなら、本人の感染リスクは別として「マスクをしなくて良い」という考えが成り立つかもしれない。咳やくしゃみの突発を思えば着用がベターとはいえるが、マスクがいわば「人間の証明」のようになることについては意識的であるべきだろう。
 この男性の例がそのままヘイトクライムに直結するとは思わないが、ヘイトクライムとレッテル貼りとの関係を考えると見過ごせない要素がある。いわゆる「自粛警察」はヘイトクライムの変形だと思うし、罰則と補償ではなく良識に期待する対策は、法律で割り切れない分、個人の受け止め方による攻撃を誘発しやすい。マスク着用も、1年前に比べて一層「常識」になっている。病気やその他の理由で着用できない人もいるはずだが、その人たちは外出できず息を殺しているのだろうか。コロナと対策への「慣れ」を自戒しないと、他者への想像力を欠いた一面的、短絡的思考に陥り、それがヘイトクライムに結びつく可能性は決して杞憂ではないと思う。

 今年に入って2本のヤクザ映画を見た。それぞれにテイストは違うものの、主人公は刑務所を出たヤクザで、出所後の居場所がない。法の下の平等というが、実際には法だけでなく、社会生活のあらゆる場面で不平等がある。これは新聞記者として筆者が現実に知ったことでもある。「社会の規範」から外れた――とみなされた人を再びどう受け入れるのか。入れ墨をした人、マスクをしない人、生きるために飲食店の営業を続ける人。それぞれに理由があるはずだが、ひとたび「規範外の人」としてバッシングを受けると、日本は極めて生きにくい社会になる。誰もが生きやすい社会をつくり、少なくともヘイトクライムを防ぐにはどうすればいいのか。答えは簡単に見つからないが、コロナ後も見据えて考え続けたい。

【Volo(ウォロ)2021年4・5月号:掲載】

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