ボラ協のオピニオン―V時評―

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プラティープさんの言葉

編集委員磯辺 康子

 タイ・バンコクのスラムを拠点に子どもの教育支援などを行う「ドゥアン・プラティープ財団」の創設者、プラティープ・ウンソンタム・秦さんに昨年、インタビューをする機会があった。この「ウォロ」の前号で表紙に登場していただいた。
 自身もスラム出身で、1978年にアジアのノーベル賞といわれる「マグサイサイ賞」を受賞し、その報奨金で財団を設立したプラティープさん。インタビューの中で、質問に予期せぬ答えが返ってきた場面があった。「女性であることが活動に影響した部分はありますか」と尋ねた時のことだ。どの国でも、女性がリーダーとして活躍するには多くの壁があるが、40年以上財団を引っ張ってきたプラティープさんに、その壁を乗り越えてきた経験を聞こうと思ったのだった。
 答えは「男性なら殺されていた可能性がありますね」という言葉だった。スラムには麻薬を売買する犯罪組織があり、薬物防止に力を入れるプラティープさんは何度も脅迫を受けたという。「女性だから生きながらえることができたかもしれない」と語る柔和な表情に、彼女が直面してきた問題の大きさと、想像を超える過酷な道のりを見た思いがした。

 5年ほど前、1年弱の期間だがタイで暮らしたことがある。地方都市で公立中・高校の日本語授業のアシスタントをしていた。
 当時も今も、タイでは軍が強い影響力を持っている。2014年の軍事クーデターで政権を握った元陸軍司令官のプラユット氏は、今も首相の座にある。住み始めた当初、毎週決まった時間にテレビが首相演説に切り替わり、ほかの局も同じ映像になるのを見て驚いた。
 かつて、軍事クーデターと国王の仲裁を繰り返しつつ、表面上の安定を保ってきたタイの政治は「タイ式民主主義」と呼ばれた。経済発展の中で、その影の部分は見えにくかった。しかし、実際に住んでみると、いくぶんかの息苦しさを感じざるを得なかった。公務員ばかりの学校で活動し、自分が外国人だったことも影響しているかもしれないが、表立って政府を批判することは難しい空気があった。
 対象が王室となると、「批判しない」態度はさらに鮮明だった。タイに滞在中、国民に敬愛されていたプミポン前国王が亡くなった。後継の息子(現国王)はさまざまなスキャンダルが報じられてきた人物。それでも、周囲の人は批判を口にせず、新国王を話題にしないか、前国王を絶賛するという術でかわしているように見えた。不敬罪があるタイでは、それは当然のことだった。
 ここ数年のタイの民主化運動は、軍と王室の影響力のもとで民主主義からほど遠い政治が続き、格差が拡大した現状に対する不満が噴出した結果、といわれる。

 スラムの子どもたちのために心血を注いできたプラティープさんは、スラム出身初の上院議員として6年間活動した経験があり、タイの政治の内実もよく知る人だ。インタビューではやはり、民主化を求める声が高まる現状をどう見ているか、聞きたかった。タイ国内にいると、政権への批判はかなり言葉を選ぶ必要があるだろう、と思っていたが、彼女の言葉は驚くほどはっきりしていた。
 「法のもとの平等が機能していない」「表現の自由が抑圧されている」
 犯罪組織に狙われても、政治の混乱に巻き込まれても、信念を貫いてきた人の言葉は、これほど強い力を持つものかと感じた。
 翻って、政府批判も皇室批判も自由にできる日本で、自分はどれほど真剣にその言論の自由を守ろうと思っているだろうか、と考えた。いつまでも自由を享受できると安心しきっていないか、と自問した。市民活動の原点ともいえるものに触れた気がしたプラティープさんの言葉。民主化を求めるタイの人々の姿とともに、心に刻んでおきたい。

【Volo(ウォロ)2022年2・3月号:掲載】

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