「参加の力」は心理的に安全な場づくりから
本稿執筆時、ロシア軍によるウクライナ侵攻による殺戮と破壊が続いている。毎日、凄惨な暴力の報道に接し、戦争反対の発信や避難民支援の寄付などの他には有効な対応ができず悶々とする日々だ。自身に直接的加害がなくとも、暴力的場面に接するだけで心理的に傷ついてしまう。
この心理的な傷つきは身近な人間関係の中でも起こる。特に職場などでのハラスメントは、今や組織運営上の重大な課題だ。「セクハラ」(セクシャル・ハラスメント)が新語・流行語大賞になったのは1989年。その30年後の2019年、労働者施策総合推進法が改正され、職場でのパワハラ(パワーハラスメント)防止対策が義務化された。当初、法の適用は大企業に限定されたが、この4月からNPOも含むすべての事業者に義務付けられた。
具体的にはパワハラ防止方針の明確化、相談窓口の設置と適切な対応、研修の実施などが必須となる。
このパワハラとは「優越的な関係を背景とした言動」「業務上、必要かつ相当な範囲を超えたもの」「労働者の働く環境が害されるもの」という3要件をすべて満たすものとされている。
この要件からすると、有給職員のいる団体の役職員間でのみ問われる問題だと思われそうだ。
しかし、ベテランボランティアの言動で新人職員が委縮してしまうこともある。また、労働者を対象とする法律上のパワハラとはならないものの、ボランティアだけで構成する市民団体であっても、リーダーの強引な対応でメンバーの意欲がくじかれてしまうこともある。そう考えると、パワハラ防止は市民団体にとっても大切なテーマだと言える。
この問題への対処では、潜在化しがちなパワハラが早期に把握され公正に対処することも必要だが、それ以前にハラスメントの起こりにくい環境を築くことが重要だ。
このハラスメントが起こりにくい環境とは、結局、「心理的安全性の高い場」ということになるだろう。「心理的安全性」とは、1999年にハーバード大学のエドモンドソン教授が提唱したもの。「成果のために必要なことを、発言したり、試したり、挑戦したりしてみても、安全である(罰を与えられたりしない)」 状態であり、「メンバー同士が健全に意見を戦わせ、生産的でよい仕事をすることに力を注げる」環境だとされる(注)。リーダーなど強い立場にある人の方針に反対しても、「その視点は気づかなかった」と歓迎されるような場だ。
この心理的安全性が保たれていないと、リーダーの顔色をうかがって事なかれ的な行動に終始したり、失敗もありうる事業に果敢に挑戦することができなくなる。
今、心理的安全性に注目する企業が少なくないが、それは上記の閉塞的状態から脱し、生産性・創造性を高めるための鍵だと考えられているからだ。
そして、多くの市民とともに活動する市民団体においても、この点はとても重要なことだ。
本紙21年12月・22年1月号の本欄で指摘したように、市民参加の重要な意味として、多様な解を生み出す創造性がある。これは奇想天外な発想や思い付きから生まれることが多い。その時、「それは素人の発想だ」「事情も分からず勝手なことをしないでほしい」などとはねつけてしまうと、活動意欲はなえてしまうからだ。
とはいえ、組織の中で強い立場にあるリーダー自身の姿勢が問われるテーマでもあり、心理的に安全な組織づくりは、そう容易なことではない。実際、筆者自身をかえりみても、反省することが少なくない。
しかし、心理的安全性は「参加の力」を生かす土台だ。オープンで柔らかい組織づくりを進めたい。
(注)『心理的安全性のつくりかた』(石井遼介、日本能率協会マネジメントセンター、2020年)から引用。
【Volo(ウォロ)2022年4・5月号:掲載】
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