制度の枠組みは できた 実行させるのは市民の力
ボランティアセンターには「ボランティアしたい」という相談とともに、施設や団体、個人から「ボランティアを紹介してほしい」という相談が寄せられる。その内容は実に多様であるが、5年ほど前から新しいタイプの依頼が目立ってきた。
それは、重度の障害のある人の通勤時の支援である。散歩等の余暇活動の際の車いす介助をボランティアに頼みたいという依頼は以前からたくさんあった。そうではなくて「職場」へ通うための支援を、というのである。
移動を支援する障害者福祉サービスがないわけではない。一定以上の重度障害者については、個別給付(義務的給付)として、「同行援護」「行動援護」「重度訪問介護」「居宅介護(うち通院等介助、通院等乗降介助)」といった移動支援と介護を一体的に提供するサービスがある。しかし「通勤、営業活動等の経済活動にかかる支援」は対象外となっている(注)。
そこで、ボランティア依頼となったわけである。しかし、朝夕という忙しい時間帯、公共交通機関を乗り継いで長時間になる場合もあり、さらに長期継続が求められることから、ボランティアで対応するには無理がある。国は障害者の一般就労を促進しようとしている中、大きな矛盾を感じざるを得ない。
障害者団体等からの要望を受けて、実は2020年10月から新たな就労支援「重度障害者等に対する通勤や職場等における支援」が始まっている。厚生労働省の施策「雇用政策と連携した重度障害者雇用支援特別事業」である。「重度訪問介護」「同行援護」「行動援護」の利用者に対して、通勤や職場等における支援を行う事業である。しかし、この事業の位置付けは「地域生活支援事業」、すなわち実施は市町村の判断に委ねられる。そのため2年経過した現在も実施する自治体はあまり広がっていない。事業を開始した自治体の多くは、障害者個人や団体からの強い要望に動かされてという場合が多い。市民が声をあげなければ、せっかくできた制度が機能しないのである。
今年8月22〜23日、日本の「障害者権利条約」の取り組みについて、国連の権利委員会による初めての審査がスイスのジュネーブで行われた(新型コロナの影響もあって延期されていた)。この条約は「私たちのことを私たち抜きで決めないで」という合言葉のもと、世界中の障害ある人たちが参加し作成されたものである。06年に国連で採択され、日本は14年に批准している。本条約の大きな特徴は、批准した国が条約で定められている事項を実施しているかを定期的にモニタリングして権利委員会の審査を受けねばならないことである。
審査手続きは「建設的対話」と呼ばれる画期的なものである。すなわち、審査前に政府は政策の実行についての「報告書」を、障害者団体等の民間団体は実際の課題や改善点をまとめた「パラレルレポート」をそれぞれ権利委員会に提出する。これらの資料をもとに権利委員会の専門家が政府に質問し、政府が回答する。また内閣府の障害者政策委員会のメンバーである障害当事者も発言が求められた。
最終的に日本の良い点と改善点が「総括所見・改善勧告」としてまとめられ、9月9日に公表された。その内容は、分離教育の中止、精神科への強制入院を可能にしている法律の廃止を求めるなど90項目以上の改善を求めるものである。
この勧告によって日本の障害者政策の課題が明らかになった。国は勧告に真摯に向き合い、早急に改革を検討すべきである。しかし勧告には法的拘束力はない。国連の権利委員会が勧告を出しただけでは、改善にはすぐには結びつかないのである。
勧告の内容を広めて改善を進めていくのはその国の市民の力にかかっている。少数の市民のニーズを受け止める機会の多いボランティアセンター等も、受け止めるだけにとどまらず、広く社会へ発信していくことが求められている。
(注)本誌520号(2018年8・9月号)の特集で詳しく取り上げている。
2024.08
経済的な利益追求より民主主義の基盤整備を
編集委員 神野 武美
2024.08
2025年は国際協同組合年―協同組合との実りある連携を目指して
編集委員 永井 美佳