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少子化時代は「道草」で生きるべし

編集委員神野 武美

 日本人の2022年の合計特殊出生率は1.26に低下し、出生数も約77万人と統計開始(1899年)後最少となった。政府は「異次元の少子化対策」と称し、児童手当の拡大や育休取得の促進などで出生数を増やす政策を打ち出した。だが、子育てに必要な住宅・住環境の改善はスルーされた感がある。

 

 筆者が所属する日本居住福祉学会は5月27日、「少子化問題と居住福祉」をテーマに3人のパネリストを招いてシンポジウムを開いた。中島明子・和洋女子大学名誉教授(居住学)によると、政府は1989年の合計特殊出生率(注)が1.57(発表は90年)となった「1.57ショック」をきっかけに、90年代から少子化対策のメニューに住宅・住環境対策を織り込んでいた。94年のエンゼルプランは「子育てのための住宅及び生活環境の整備」、99年の新エンゼルプランは「ゆとりある住生活の実現」、2003年の少子化社会対策基本法は「子どもの養育及び成長に適した良質な住宅の供給並びに安心して子どもを遊ばせることができる広場その他の場所の整備」(第15条)をうたっていた。
 ところが、19年の少子化社会対策大綱は、「三世代同居への支援(税制控除など)」「公共賃貸住宅ストックの有効活用」「多子世帯を優遇」などとトーンダウンする。中島氏は「三世代同居は持ち家層だけの話であり、この間、政府は『民間活力』の導入を理由に、低家賃の公共住宅の供給を減らした。多子世帯の入居を優遇すれば、単身世帯や低所得層ははじきだされる」とその矛盾を突いた。
 
 川田菜穂子・大分大学准教授(住居学)は「若年層のアフォーダブル住宅(適度な住居費負担で住める良質な住宅)の不足」を指摘する。19年の住居費負担率は30年前の1989年と比べて、65歳以上は8.2%(0.1ポイント減)と横ばいだが、35歳未満の世帯主は12.1%から17.4%へと著しく負担が増えた(総務省全国家計構造調査)。住宅金融支援機構の住宅ローン「フラット35」の利用者平均年齢は、10年前の2011年と比べて21年は41.5歳と3.4歳上昇し、世帯年収は608万円で17万円減、住宅面積も101.9平方メートルと6.1平方メートル減なのに、所要資金は3745万円と479万円も増えた。川田氏は「欧州諸国にある家賃補助などの制度が日本にはない」と、子育てのゆとりを生む住居や住環境を確保する政策の遅れを告発した。
 日本の住宅政策は、住宅建設を景気対策として位置づけてきた。有効需要を生み出せる資力のある人や住宅ローンが組める階層を主な対象としてきた結果、低所得者や単身世帯は狭小劣悪な民間賃貸住宅に取り残されたのである。近年は人口が減り、所得も伸びず、格差が拡大し、シャッター商店街や空き家も増えているのに、高度成長期と同様に各地で都市再開発が盛んに行われ、高層住宅の新築ラッシュが続く。拡大路線の継続という矛盾を抱えた少子化対策が空回りするのは当然の帰結である。
 
 水月昭道・立命館大学客員教授(人間環境学)は「目的に効率的に直行するのを良いとしてきた価値観を変える必要がある」と主張した。水月氏が06年に書いた『子どもの道くさ』(東信堂)は、14年たった20年になって注目を浴びることになった。その中に小学校の通学路の話がある。車の通行が多い通学路に歩道を設ける工事のため、車が通らない裏道を臨時の通学路とした。すると児童らは、道端に咲く花の蜜を吸い、民家の庭のザクロを食べ、抜け道を発見するなど五感を通して道草を楽しんだという。完成後の歩道は幅が狭く、おしゃべりしながら歩く子どもたちは車道にはみ出していた。道草や寄り道など、心のゆとりの大切さを第一に考えることで視野が広がり成果もある。そう考えるべき時代が来たのではなかろうか。

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