日本が見放される前に
「日本の若者がやりたがらない仕事は、ほかの国の若者もやりたがらないですよ」。外国人が日本で働きながら技能を学ぶ「技能実習制度」の見直しに向けて政府が検討を進める中、この制度に詳しい研究者から聞いた一言だ。
制度がスタートして今年で30年。建設業、製造業、農業など幅広い分野で約35万人の実習生が働いている。しかし、職場での暴力、違法な労働条件、住環境の悪さなどを理由に、失踪する実習生は年間9000人を超える。失踪後は不法就労に手を染めるケースも多く、社会問題となっている。国際的にも「現代の奴隷制度」と批判されてきた。
「日本に憧れ、働きたい途上国の若者は多いはず」という考えは、もはや幻想だ。途上国の若者もスマートフォンを駆使し、SNSで発信し、海外の流行を知っている。冒頭の言葉を発した研究者はベトナムの事情に詳しく、同国の現状を聞くと「働きに行きたい国として一番人気があるのは韓国」とのことだった。K-POPや韓国ドラマのファンが多いのは日本と同じ。しかし、韓国は語学試験などのハードルが高いため、比較的簡単に渡航できる日本を選ぶという。
どこの国の若者も、おしゃれな生活に憧れ、恋愛もし、遊びも楽しみたい。そんな当たり前の現実を考えず、「黙々と働く労働者」を求め続ければ、日本はいずれ途上国の若者から見放されるだろう。途上国の経済発展が進めば日本を目指す理由はなくなるし、アジアの国々でも少子化が進んで人材の奪い合いが起こるのは必至といわれている。
技能実習制度は「人材育成を通じた国際貢献」を目的に掲げている。しかし、実態は人手不足を補う手段になっており、目的との乖離が指摘されてきた。こうした現状を背景に、政府の有識者会議が制度見直しの議論を進め、2023年11月に最終報告書をまとめた。
報告書では、現行制度を廃止して新制度を創設するとし、目的に「人材確保」を盛り込んだ。実態に合わせ、正面から人手不足対策を打ち出したことになる。
新制度で特に注目されているのが、転職の条件だ。現制度は転職を「原則不可」とし、実習生の人権侵害や失踪の一因ともいわれる。この点について報告書は「1年以上働き、一定の技能と日本語力があれば、同分野の業務に限って転職可能」というかなりの制限を設ける案を示した。
制限の理由として、企業側の懸念がある。転職を自由にすれば、地方から都市部に人材が流出し、地方の産業が立ち行かなくなるという声は多い。
ただ、こうした懸念自体が、外国人の存在なしに日本が成り立たない状態になっている現実を示している。日本はもう移民大国になっている。しかし、政府は長年、根本的な対策を打ち出してこなかった。外国人を使い捨ての労働者のように扱い、地域社会の一員としてともに生きる視点は依然乏しい。
外国人を地域社会で支える役割は、NPOやボランティアが担っている場合が多い。教育や医療など日常生活のさまざまな現場で支援を行っている。技能実習生についても、トラブルの相談に乗ったり、行き場を失った人を支えたりするのはNPOやボランティアの力によるところが大きい。
国の政策の矛盾や不備をNPOが引き受けているということでもある。わたしたちは、身近にいる外国人を支える活動はもちろん、政府や自治体に課題を投げかけ、根本的な対策を求める努力をさらに続ける必要があるのだろう。技能実習制度の見直し議論に接し、その思いを強くする。
これは外国人の問題ではなく、わたしたちの問題。近い将来、外国人に見放され、日本の社会が行き詰まるかもしれないという危機感を持つ時期にきていると思う。
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