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「新しい生活困難層」の拡大と体験格差〜体験につなぐ支援を〜

編集委員筒井 のり子

 先日、ある福祉関係の会議に出席した際、複数の相談機関のソーシャルワーカーが「ギリギリ低所得層にならない人」への対応の難しさについて、熱く語っていたのが大変印象的だった。すなわち、生活に困っているが生活保護の受給対象にはならず、また住民税非課税世帯にも該当しない場合、国民健康保険料や国民年金保険料の減免措置も受けられず、また医療費の負担軽減などの優遇措置も適用されないという人たちである。その人たちが最も困窮しているという。
 

 実は、こうした人々は「新しい生活困難層」と呼ばれ、数年前からその拡大が指摘されてきた。社会保障政策の研究者である宮本太郎氏は、「新しい生活困難層」を次のように定義している。「(1)複合的な困難を抱え世帯内で相互依存にある場合も多く、(2)それゆえに雇用と社会保障の制度の狭間にはまり現行制度で対応しきれず、(3)横断的で、低所得不安定就労層、ひとり親世帯、ひきこもり、軽度の知的障がい者など、多様な人々を含む」(注1)。
 従来、日本の生活保障は「安定就労層(社会保険に加入)」と「福祉受給層(働くことが困難な人が主な対象となる生活保護)」の二極構造になっていたが、その中間の層が増加し三層構造が形成されてきたのである。
 この「新しい生活困難層」は"見えない困窮"とも言われるが、コロナ禍において一気に表面化した。特に、生活基盤の弱いひとり親世帯の窮状が子ども食堂やフードバンク等の活動団体から発信され、認識が広がった。昨今の物価高によって、その状況は深刻化している。シングルマザーの支援団体が行った調査(注2)によると、ダブルワークをしている人も多く、コロナ禍で半数以上が収入を減らし、生活維持のために主食や光熱費を削っている人も多いことが報告された。

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     あわせて、子どもの「体験の貧困」という問題も浮かび上がってきた。2024年4月に『体験格差』(講談社現代新書)が出版され、反響を呼んだのである。子どもの貧困や教育格差に取り組んできた公益社団法人チャンス・フォー・チルドレンが実施した初の全国調査(注3)の結果を元に、代表の今井悠介氏がまとめたものである。
     これによると、「相対的貧困」と考えられる世帯年収「300万円未満」の家庭の子どもの約3割が「体験ゼロ」(学校外の体験が皆無)であり、世帯年収「600万円以上」の場合と比べると、2.6倍もの格差があるという。ここでいう体験には、スポーツや文化系の習い事、家族の旅行だけでなく、近所のお祭りなども含まれる。「経済的理由」だけでなく、付き添い等の「時間的理由」も大きな要因であることがわかる。
     体験の機会を奪われた子どもたちは、体験が持つ楽しさを享受できないことや、「体験できない」剥奪感に加えて、多様な人との関わりの欠如などから中長期的な成長に影響することも予想される。

 

 こうした子どもの体験格差に抗するために、今井氏は次の五つを提案している。①実態調査の継続的実施②体験費用の子どもへの補助③体験と子どもをつなぐ支援④体験の場で守るべき共通の指針⑤体験の場となる公共施設の維持活用――である。
 いずれかに焦点を当ててアクションを起こすNPOも増えてきたが、中でも「③体験と子どもをつなぐ支援」は、より多くのNPOや地域活動において意識される必要があるだろう。地域でさまざまな「体験」を提供する小規模な担い手を見つけたり、情報を届けて個々の事情に応じて丁寧に調整したりなど、コーディネーターの役割も重要となる。また、費用面での補助だけでなく送迎や付き添いなどの支援も合わせて考えねば参加につながらない。参加しにくい子どもたちへ、参加のハードルを下げるような工夫を、それぞれの団体や活動でも考えていくようにしたい。

  

(注1)宮本太郎『貧困・介護・育児の政治』朝日新聞出版社、2021年。

(注2)一般社団法人シンママ応援団(大阪、熊本、福岡)によるアンケート(2022年9〜10月)。
(注3)「子どもの体験格差に特化した全国調査」(2022年10月、2千人以上の保護者が回答)。

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