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オピニオン「V時評」2019年度

『ウォロ』に掲載している「V時評」は、時代の一歩先を読み、新しい課題の発見や提言に努めるオピニオンです。

2019年4・5月号から2020年2・3月号
2018年4・5月号から2019年2・3月号
2017年4・5月号から2018年2・3月号
2016年4・5月号から2017年2・3月号
2015年4・5月号から2016年2・3月号
2014年4・5月号から2015年2・3月号
2014年3月号までの「V時評」はこちらから

V時評T【2020年2月・3月号:掲載】
「楽しく学ぶ」危うさ

編集委員 磯辺 康子

 阪神・淡路大震災から25年。「四半世紀」という言葉の響きがそうさせるのか、今年は「伝える」ことの難しさがいよいよ身に迫ってくる感じがした。
 震災以降、多くの人が経験や教訓を伝える努力を続けてきた。被災者もボランティアも自治体も企業もそれぞれの立場で発信に力を注いできた。毎年1月17日、震災後に生まれた世代も追悼の場に集まり、祈りをささげている姿を見ると、多くの人の不断の努力があったからこそ、その場が続いていると実感する。
 一方で、この25年、伝え方についてひとつのひっかかりがずっと消えないでいる。非常に個人的な意見で、誤解を招くかもしれないが、災害の教訓を「楽しく学ぶ」ということに、わたしはどうしても強い違和感を持ってしまう。災害を経験していない人も興味を持てるよう、過去の教訓や防災の知恵を「楽しみながら」学ぶ必要性は理解している。特に子どもたちに伝えるときには、遊びの要素を取り入れることは重要だろう。それでも、震災を経験し、神戸を拠点に被災者の声を聞いてきた者として、「楽しく」という言葉が時として被災者の心を傷つける、という側面も伝えておきたい。災害から時が経つと、どうしても被災者の痛みは、将来を見据えた防災の議論の陰に隠れてしまいがちだから。

 阪神・淡路大震災で被災し、親を亡くした女子高生に聞いた話で、今でも思い出すエピソードがある。神戸から近郊の街へ引っ越しを余儀なくされた彼女は、転校先の学校で「地震の時、家族が必死に家具を押さえていた」という話をクラスメートたちが面白おかしく語るのを聞いた。クラスメートにとっては何気ない笑い話。しかし、彼女は「自分だけが笑えなかった」と言った。
 25年もたてば、そうした遺族、被災者の痛みは消えていくと思われがちだ。確かに、震災後に心の支えとなる出会いを重ね、痛みが薄らいでいく人は少なくない。「震災で失ったものは多いが、得たものもある」と笑顔で語る人にも出会う。遺族同士、被災者同士、被災者とボランティア、あるいは異なる災害の体験者同士のつながり。さまざまな人間関係が被災者の力となり、復興の原動力にもなってきた。
 しかし、震災後の人生を笑顔で語ることができたとしても、震災体験そのものを笑顔で語る被災者をわたしはあまり見たことがない。「自分だけが笑えなかった」と言った女子高生が社会人となって再び出会った時も、彼女は日々の暮らしを笑顔で語りつつ、被災体験を振り返るときにはやはり大粒の涙を流した。

 過去の教訓に学び、防災を考えることは、そういう被災者の苦しみをいわば「土台」にした取り組みだ。地震にしろ、水害にしろ、噴火にしろ、わたしたちは常に、過去の災害の死者、家族や家を失った人々から、考える土台を与えてもらっている。その原点をおろそかにして、「楽しく学ぶ」「楽しく伝える」ことばかりに傾倒すると、本当の意味での災害の教訓は伝わらないのではないか。
 実際、大災害が起きれば、被災地は生死にかかわる非情の世界となる。それは、阪神・淡路大震災以降に発生した震災、水害、原発事故などで何万という人が取り残され、命を奪われてきた事実を見ても明らかだ。
 楽しく学ぶ、という取り組みを否定的にとらえてはいない。しっかりとした理念を持って「楽しく学ぶ」必要性を訴え、地道な取り組みを続けている団体もある。ただ、防災にかかわる活動を進めるとき、過去の災害で苦しみを負った人がそこにいるかもしれないという視点は常に持っておく必要があると思う。これだけ災害が頻発している時代だからこそ、そういうことにも敏感でありたい。そして、教訓の伝承は、単に「役立つ知恵」を伝えることではなく、命について考えるという重い意味があることを忘れないでいたい。

V時評U【2020年2・3月号:掲載】
する、しない、批判の自由を ―『ボランティアとファシズム』から

編集委員 早瀬 昇

 厚生労働省は2020年度から、従来は学習が中心だった認知症サポーターを、認知症の人が地域で暮らしやすい環境づくりの担い手として組織化。他の専門職などとの連携も進める「チームオレンジ・コーディネーター」を各地の地域包括支援センターに配置することを決めた。
 「住民相互の支え合い機能を強化する」地域共生社会の実現がめざされるなか、住民の自発的活動に対する国の期待が認知症対策の分野でもさらに進むことになる。

 このように住民の自発的活動を国が積極的に促進し、政策との連動を図る取り組みには長い歴史がある。なかでも社会に大きな傷跡を残してしまったのが、戦時下でのファシズム体制構築に国民が自発的に♀ヨ与した歴史だ。
 昨年5月に発刊された『ボランティアとファシズム』(池田浩士著、人文書院)が、歴史的事実を通じて、この経緯を詳細に検証している。
 自発性を本質とするボランティアと、強い束縛を生み出すファシズム。意外な対比だが、現実は「ファシズムは、ボランティア活動のその自発性と結束を不可欠の構成要因としながら、束縛に満ちた国家社会を実現した」ことを実証している。
 本書ではファシズムを「危機の時代からの脱却や、危機的状況の解消を実現するための、全社会的・全国民的な運動の一形態」と定義。共産主義の広がり、世界恐慌、他国との紛争……。さまざまな事態を社会・国民の「危機」だとあおり、この危機への「全社会的・全国民的」な運動が組織されるなか、運動への反対者はもとより特に積極的に参加しない人々も強く非難され、強い束縛が支配する世界が生まれてしまった。
 ところが、このファシズムが席巻する社会が築かれる過程で人々の自発的な取り組みが大きな役割を果たした。戦時下の日本政府は、この自発的な行動を動員≠キるため、ヒットラー・ドイツの「労働奉仕」による社会貢献活動の制度化などを研究。学生生徒の勤労奉仕が推進され、満蒙開拓団や大政翼賛運動などが、国民の自発的運動として組織されていく。
 そこで本書は、「国家が国策に沿って国民の社会活動を制度化しようとするとき……自然発生的な、他よりの指導勧説を俟たずして行われてきた、隣保共助の精神にもとづく勤労奉仕の風習が、蘇生し、活力を発揮する」「各自の自発性と主体性に根ざした共同性は、ボランティア活動の制度化や強制に抵抗し反発するのではなく、むしろその潤滑油となり推進力となりうる」と書く。国家は「農山漁村民に脈々と生きてきた…(略)…隣保共助、相互扶助を旨とする」ボランティア「精神を讃え、美化しながら、国民の自発性を戦争のために総動員した」。そして「人びとは、窮屈な強制によって窒息させられていたにもかかわらず、いや窒息させられていたからこそ、自発性と創意を発揮する行ないの機会を得ることによって蘇生した」のだった。
 大陸の花嫁、特攻隊、学徒出陣……へと人々は自発的に°り立てられ、結果として「自発性を使い棄てられた人びと」を大量に生み出すこととなった。

 この歴史を過去の出来事≠セとは言い切れないのが、私たちを取り巻く現在の状況だ。社会保障制度の持続可能性が問われる「危機」が語られるなか、「地域共生社会」の実現に向け、住民の自主的活動への期待が高まるばかりだ。  その一方で、実際上、安保法制を批判する団体の排除を目的に市民活動支援施設が指定管理施設から直営施設に変更された「さいたま市市民活動サポートセンター」事件が起こるなど、自由に市民活動を進められる「市民社会スペース」と呼ばれる場の縮小が懸念されている。  実は、今は当時と似ていなくもない状況なのだ。だからこそ、あくまでも市民が主体的に自由に社会活動に取り組める環境を築かねばならない。  そのためには、多様な異論を認め合うこと、権利主張や政策提言型の運動も尊重すること、さらに活動しない自由も含めて、ボランティア活動に関わる自由を守ることが重要だ。当協会も含め、各地にそうした自由で多様な活動を支える拠点を作っていかねばならないと改めて思う。

V時評T【2019年12月・2020年1月号:掲載】
自分を守る「盾」を―ライフ・リテラシー教育の必要性

編集委員 筒井 のり子

 引きこもり、孤独死などが社会問題化して久しいが、2019年はその実態把握が進んだ年であった。3月には、内閣府が40〜64歳までの中高年の引きこもりについての初の実態調査を行い、推計61万3千人に及ぶことが発表された。これまでに把握されていた15〜39歳までの引きこもりの推計54万1千人を加えると、優に百万人を超える。
 また、11月には「大阪市内で1年間に発見された孤独死は1101人」という調査結果(大阪府監察医事務所が17年に初調査)が発表された。大阪市内だけで1日に3人の孤独死が見つかっている計算になる。孤独死については国による明確な定義や統計は存在せず、実態把握が進んでいないことから、自治体によるこうした取り組みの意義は大きい。
 虐待やいじめについては、以前から実態把握が進められているが、いずれも増加傾向にある。例えば10月には、小中高校で18年度に認知されたいじめが前年に比べて大幅に増加(約54万4千件)したことが文部科学省調査で明らかになった。
 こうした状況を背景に、数年前から生活困窮者自立支援制度の強化やスクールソーシャルワーカー、コミュニティソーシャルワーカーの配置等、相談を待つ姿勢ではなく、アウトリーチ(積極的に対象者がいる場所に出向いて働きかける)の必要性が強調されるようになったことは、大きな前進であろう。

 これに加えて、今後重要性が増すのが、当事者自身の生きぬく力を高めていく≠アとではないだろうか。すなわち、困った時にSOSを発信すること、誰かに助けを求めてもいいという意識とその方法を知っていること等、自分で自分の身を守るという力を子どものころから身につけておくことである。
 このことは、子どもの居場所づくりや権利擁護、生活困窮者支援などの最前線にいる実践者からも指摘が増えている。たとえば、地域福祉推進のある会議の場で、子どもの居場所づくりを行っているNPOの代表者から、「子どもたちと関わってつくづく思うのは、なぜもっと早い時点で支援の手が入らなかったのかということ。子ども自身がSOSを発信する力をつけていかないと救われない」と指摘があった。続いて、障害者の虐待防止の研修を実施している団体からも、最近の研修は支援者向けよりむしろ本人向けの研修に力を入れているとの報告があった。

 これに呼応するかのように、19年は出版界でも大きく話題になった本が登場した。『こども六法』(山崎聡一郎著、弘文堂)である。8月20日の刊行以来、2カ月で15万部、3カ月で28万部という児童向け法律書として異例のヒットとなった。著者自身がいじめ被害経験者であり、「小学生当時の自分に法律の知識があれば、自分で自分の身を守れたかもしれない」との思いから発行に至ったという。
 また、「入門! ライフ・リテラシーゲーム」というユニークな社会保障教育教材(開発・制作ライフ・リテラシー)も高校や大学の授業や企業などの研修で活用が広がった。ライフ・リテラシーを「社会生活を送るうえで必要な知識や情報を持ち、活用する能力」とし、遊びを通して「身を守る盾」を得ることを目的としている。開発のきっかけは、ある事件の被害者となった若いシングルマザーが児童扶養手当の存在を知らなかったという新聞記事に衝撃を受けたことだという。

 翻って、小中高校で行われている福祉教育の現状はどうだろうか。主流となっている福祉施設等での高齢者や障害者との交流、車いす体験や高齢者擬時体験などの意義はもちろん大きいが、社会保障教育、税教育、主権者教育、労働教育の視点を盛り込んだプログラム開発が今後重要になるのではないだろうか。

V時評U【2019年12・2020年1月号:掲載】
災害ボランティア再考―ボランティアの「自発性」を信じ、高める働きかけを

編集委員 永井 美佳

 2020年1月17日に、阪神・淡路大震災から25年を迎える。大阪ボランティア協会(以下、協会)は、発災直後に「阪神・淡路大震災 被災地の人々を応援する市民の会」(以下、市民の会)を結成し、市民公開型のさまざまなボランティアプログラムを展開した。市民の会は、協会が代表幹事団体となり、日本青年奉仕協会、大阪YMCA、経団連1%クラブが幹事団体に就き、協力団体を合わせて全22団体で構成された。
 近年、災害発生時には社会福祉協議会(以下、社協)が中心となり「災害ボランティアセンター」(以下、災害VC)を設置し、多様な支援ネットワークを生かした協働体制をもって、被災者支援を展開することが一般的になっている。その先駆けとなる取り組みが、市民の会で展開されたといっても過言ではない。同会活動の全記録は『震災ボランティア』(1996年5月、同会発行)に収録されているので参照いただきたい。

 その『震災ボランティア』に、「市民の会のコーディネート原則」が紹介されている。三つの視点と八つの原則にまとめられているが、四半世紀を経た現在においても災害支援活動で生かせる視点・原則だと考えている。
視点1 ボランティアの自発性≠ノ期待し、自発性≠高めるよう働きかける
 原則1 ボランティアの事前登録制をとらない(当日受け付けシステムの開発)
 原則2 ボランティア受け付けの人数制限をしない(新たな活動メニューの開発)
 原則3 活動内容はボランティア自身が選ぶ(ポストイット方式の開発)
 原則4 お膳立てをしすぎない(小グループ単位の活動)
視点2 被災者一人ひとりの暮らしに視点を合わせる
 原則5 対象や活動内容を限定しない
 原則6 専門コーディネーターが個別に依頼を受けとめる
視点3 バランス感覚を重視する
 原則7 ボランティアと依頼者双方の立場や言い分を客観的に受けとめる
 原則8 被災地の復興状況を見ながら常に活動内容を検討する

 近年の災害VCや災害支援活動において、視点1のボランティアの「自発性」を信じて任せる姿勢が薄れていることに筆者は懸念を抱いている。とりわけ原則2に反して、ボランティアの人数制限がかかりやすくなっている。25年前も、被災者のニーズ数よりも活動希望者数の方が多くなる傾向があり、市民の会のコーディネーターは、ボランティアの力を最大限に生かすために、日夜、活動プログラム開発に力を入れた。「人数制限をしない」ためには、視点2の「具体化していない」被災者ニーズに応えるような活動メニューの開発が必要だ。
 視点2の原則5についても、近年の災害VCの方針によっては、専門技術の必要な作業や生業支援を一律に断るなど、対象や活動内容を限定する場面が散見される。災害VCの核となる社協だけで対応しづらい対象や活動内容ならば、連携・協働している多様な支援組織の「自発性」を信じて任せ、被災者支援に挑んでほしい。  全国社会福祉協議会全国ボランティア・市民活動振興センターの尽力によって、災害VC運営のあり方が標準化され、各地に浸透されつつあるが、運営者も支援者も「いわゆる災害VC」という型にとらわれて、管理的になっていないだろうか。ボランティアやボランタリーな組織の「自発性」を信じ高める働きかけを行えば、自由で創造的な活動が生まれ、結果的に視点2の「被災者一人ひとりの暮らしに視点を合わせる」ことにつながることが多々ある。ボランティアを単なるマンパワーとしないためにも、「ボランティアの自発性を信じて任せる」姿勢は、日常的な活動でも問われる。日々の活動において実践して、次なる有事に行動できるよう備えてほしい。

V時評T【2019年8・9月号:掲載】
ハンセン病家族訴訟判決に思う

編集委員 牧口 明

 去る6月28日、熊本地方裁判所で審理がおこなわれていた「ハンセン病家族訴訟」の判決が下された。結果は原告側のほぼ全面勝訴と言えるもので、7月9日に被告の国側が控訴を断念したことで判決が確定した。
 この裁判は、2001年に同じ熊本地裁で出された、患者本人に対する国の賠償責任を認めた判決を受けて、患者の家族が「ハンセン病においては、患者のみでなくその家族も、国の誤った政策により差別・人権侵害を受け、大きな被害を被ってきた」ことへの賠償を求めて16年に提訴したものである。この機会に、日本におけるハンセン病施策の歴史を確認しておきたい。

 ハンセン病(らい病)は紀元前から知られている病であるが、その後遺症として手足や顔面などに著しい変形をもたらすことから、周囲の人たちからは天罰やたたりによるものとして罪人のごとくに扱われて忌避されてきた長い歴史を持つ。
 近代に入っても「遺伝」や「不治の病」との考え方が流布していたが、1873年に、ノルウェーのアルマウェル・ハンセンによって「らい菌」が発見され、感染病であることが明らかにされた。そして、その感染力も極めて微弱なものであることが19世紀末には知られるようになった。1897年に開催された第1回万国会議においては、ハンセン病は伝染病であること、治療は、症状に応じて「相対的隔離」を原則とすることが確認された。
 ところがなぜか、日本においては1907年に制定された「法律第11号・癩予防に関する件」によって、世界の動向に反して絶対隔離の政策がとられるようになった。感染力からして全くその必要のない患者を家族や地域社会から引き離し、一般社会から隔絶された療養所に強制的に入所させること自体大変な人権侵害であり、そのことによって「ハンセン病は恐ろしい伝染病」との誤った認識を一般国民に持たせてしまった罪は余りにも大きいと言わざるを得ない。判決文でもその点について「家族が国民から差別を受ける一種の社会構造を形成し、差別被害を発生させた。(中略)原告らは人格形成に必要な最低限度の社会生活を喪失した」と指摘している。
 さらに驚くべきことに、この政策は第2次大戦後も継続され、WHO(世界保健機構)がハンセン病患者を対象とする隔離政策を見直すよう提言した52年の翌年には、その提言に挑戦するかのごとく、多くの患者の反対を押し切って「改定らい予防法」が制定され、「療養所への入所勧告を原則とする」方針が確認された。この時期、戦時中アメリカで開発された治療薬プロミンの合成に国内でも成功し(47年)、「ハンセン病は確実に治る病気」となっていたにもかかわらずである。

 では何故、このような理不尽が長年にわたって是正されることなく続けられてきてしまったのか?
そこには、明治30年代から昭和30年代にかけての60年余りにわたってハンセン病医療にかかわり、絶対隔離政策に多大な力を振るった光田健輔の影響を無視することはできない。
 光田は1923年に開催された第3回国際らい会議の折に、インド代表のロージャーが作成した国別患者表を見て、日本の患者数は植民地国家同様の多さであることを知り、そのことを国辱と感じたと言う。その国粋主義的価値観と優生思想から、「病の治癒」ではなく「病人の抹殺」を図ろうとしたように思われる。そうした光田の考え方は、折からの「健民健兵政策」と共鳴して国策として権威づけられた。
 ここで私たちが忘れてならないのは、正しい知識を与えられなかったためとは言え、戦前のみでなく戦後もおこなわれた「無癩県運動」なる取り組みによってそうした「病人抹殺」のお先棒を担がされたのは「善良なる」一般市民であったという歴史的事実である。
 最近出版された池田浩士『ボランティアとファシズム』には、戦前日本の大政翼賛運動やナチズムを例に、市民(国民)の自発性が全体主義権力を下支えする構造が丁寧に論述されているが、今日でも私たちの活動には、常にそうした怖ろしさがしていることを改めて肝に銘じておきたい。

V時評U【2019年8・9月号:掲載】
活動参加の機会を現役世代にも

編集委員 早瀬 昇

 「夫婦そろって65歳から30年間生きると、老後資金が総額2000万円不足する」との試算を発表した金融庁の金融審議会報告書が大きな話題となった。元々、現行の年金制度は現役世代の年収の5割前後の所得を保障する仕組みだから、現役の時期と同じ生活水準を退職後も維持しようとすれば年金だけでは不足することは以前から明らかだった。参議院選挙後に公表が延期された年金財政検証で、この保障水準がさらに低下する可能性はあるものの、年金制度が急に破綻したわけではない。
 しかし、具体的に2000万円という金額が示されたことで、老後への不安が高まったことは確かだ。定年退職後も何か仕事を見つけなければ……と思った人も少なくないだろう。

 この件は、今後の市民活動の行く末を考える上でも心配な話だろう。シニア層は市民活動を支える重要な担い手だが、今後、「老後も有給の仕事をしなければ……」という人が増えると、活動の参加者が減る懸念があるからだ。
 総務省の社会生活基本調査では、男性のボランティア行動率が最も高いのは65歳から69歳の31・0%(2016年調査)。女性では40歳から44歳が39・4%で最も高いが、01年調査から15年間で4%減少。ちなみに35歳から39歳の女性は約10%減っている。これは、女性の就業率向上が影響していると言えるだろう。
 女性に続き男性高齢者も有給の仕事への志向が高まってくると、市民活動の担い手の先細りが心配になってくる。

 そんな中、昨年、リクルートワークス研究所から注目される調査結果が発表された。「人生100年時代のライフキャリア」と題する報告書の中で、市民活動に参加している企業人は、前向きの姿勢の人々が多いと報告されたのだ。
 具体的には、「所属組織」と「キャリア展望」との関係を示したグラフ(注)を見てほしい。ここで「キャリア展望」とは、これからのキャリアや人生について「自分で切り開いていける」「前向きに取り組んでいける」「明るいと思う」という回答の合成変数。このグラフでは、同じ職場の同僚としか関わりのない人のキャリア展望が最低であるのに対し、ボランティア活動やNPOに関わっている人のキャリア展望が最高になっている。
 職場内だけの付き合いにとどまらず市民活動などに参加することは、自らの視野を広げ、新たな取り組みに挑戦しようとする意欲を高める効果があると言えそうだ。このデータが知られれば、現役時代から、そして高齢になっても、二足のをはいて、仕事に加え、市民活動も楽しむスタイルが広がる可能性がある。

 企業の社会貢献活動が活発化した90年代以降、ボランティア休暇の導入などで、社員のボランティア参加を応援する企業は増えてきた。また、仕事で培った専門性を生かして市民団体の活動を応援する「プロボノ」の参加を、積極的に応援する企業も出てきた。さらに大阪ボランティア協会では、週末や平日の夜に3時間程度で完結するプログラム「ボランティアスタイル」を実施している。
 こうした取り組みを各地で共有し、どんな年代でも、働きながら市民活動に参加することができる機会の提供を進めたい。仕事と市民活動の両立は、より前向きに生きる鍵とも言えるのだから。


(注)リクルートワークス研究所(2018)「人生100年時代のライフキャリア」の掲載図を元に一部修正。

V時評T【2019年6・7月号:掲載】
名古屋城天守閣復元計画 振り出しに戻って検討せよ

編集委員 牧口 明

 伊勢音頭で「伊勢は津でもつ、津は伊勢でもつ、尾張名古屋は城でもつ」と歌われてきた名古屋城天守閣の復元計画を巡っていま、名古屋市政が混迷している。
 ことの発端は一昨年4月、「木造天守閣復元」をかかげた河村たかし市長が4選を果たしたことに始まる。戦後の1959年に鉄骨鉄筋コンクリート造で再建された現在の天守閣は、60年近くがたって老朽化が進み、耐震上の問題が指摘されていることがその背景にある。
 なぜ「木造による」建て替えなのかというと、名古屋城天守閣には、戦災で焼失する以前におこなわれた調査に基づく記録(昭和実測図)をはじめ豊富な史料が残されており、史実に忠実な木造での復元が可能と言われているからである。
 名古屋城は、戦前の30年に城郭として初めて国宝に指定され、天守閣を焼失した戦後も国の特別史跡に指定されている。この名古屋城を「名古屋市民の精神的支柱であり、誇りだ」とする河村市長は、天守閣の木造復元を実現することで「特別史跡名古屋城跡の本質的価値をより広く内外に発信する」ことができると考えているようだ。

 そこで問題となっているのがバリアフリーへの対応だ。今さら述べるまでもないことだが、現代の建築物においてバリアフリーへの対応は、特に公共的建築物については絶対的要件と言っても過言ではない。それは、国際的には障害者権利条約、国内的には障害者差別解消法において明確にされていることである。
 ところが、驚くべきことに河村市長は、「史実に忠実に復元する天守閣とするために」天守閣内部には「バリアフリー法の建築物移動円滑化基準に対応するエレベーターは設置できない」。また外部エレベーターについても、「景観計画により名古屋城の眺望景観の保全を図る」ために「設置しない」との方針を打ち出したのである。  これに対し、障害者インターナショナル(DPI)日本会議をはじめとする障害者団体が抗議の声をあげたのは当然のことである。
 同会議は昨年5月の総会において、スプリンクラーや照明設備、トイレなどを例に挙げて「多くの人が利用するものは史実に忠実ではなくても設置するのに、障害者や高齢者等が必要なエレベーターは史実に忠実という名のもとに設置しない。これは、障害者への差別です」とする抗議文を採択し、市長のダブルスタンダードに異を唱えた。
 これに対して市長は、エレベーターに代わるバリアフリー対応策として、「新技術を用いる12の提案」をおこなっているのだが、その内容たるや、「段差を上る車いす型ロボット」「装着型の移動支援機器」「VR・分身ロボット」「車いすに乗ったまま乗降可能なチェアリフト」「車いすに乗ったまま乗降可能なはしご車」「フォークリフト・高所作業車」「車いす用段差解消機」「(車いすでの)搭乗可能なドローン」「二足の移動補助ロボット」「パワードスーツ」「人工筋肉」「国際コンペ」といったもので、いずれもまともな検討に値する提案とは言い難い。DPI日本会議副議長の尾上(おのうえ)浩二さんは「ドローンやはしご車、フォークリフトで、誰が天守閣まで昇りたいと思うだろうか」と疑問を投げかける。
 また、最後の国際コンペは「新技術開発のための提案を募る」もので、要するに、現時点でエレベーターに代わる新技術の確固とした見通しがあるわけではないことを自ら明らかにしたものとも言える。

 この天守閣復元計画に関しては、バリアフリーへの対応以外にも、重要文化財である石垣保全の問題や、500億円を超えると見込まれる経費の調達に関する問題など数々の問題点が指摘されている。もう一度振り出しに戻って歴史に禍根を残さない方策を考える必要があるだろう。

V時評U【2019年6・7月号:掲載】
ふるさと納税は寄付ではない 〜返礼品で失われる共感のつながり〜

編集委員 早瀬 昇

 今年3月に成立した改正地方税法により「ふるさと納税」が6月から新たな仕組みに移行した。過度の返礼品競争を抑制するため「寄付」者に贈る返礼品を「寄付」額の「3割以下の地場産品」に規制することになった他、過度の返礼品競争をあおったとされた泉佐野市など4自治体は制度の対象から除外された。
 しかし、そもそもこの制度は真の地域振興や寄付促進といった点で疑問の多い仕組みだ。制度改正にあたり、この点を指摘したい。
 ふるさと納税とは実質的に、納税者が、納める地方税の納税先を選択できる制度だ。その際、所得などに応じた上限額までは、「寄付」額から2000円を引いた金額が全額、納税額から控除を受けられる。これだけなら、ふるさとや被災自治体などへ納税先を振り替える仕組みだと言えるのだが、ここで問題となるのが返礼品の提供だ。
 お礼状などを除き返礼品を提供していない自治体も一部にあるが、逆に「寄付」額にほぼ近い市場価値の返礼品を提供している自治体もある。総務省が規制する「寄付」額の「3割以下」とは仕入額であって市場価格ではないことから生じる現象だ。税控除を受けられる上限額までなら、いわば2000円の手数料を支払って、これらの返礼品をタダで手に入れることができる、ということになる。
 実際、ふるさと納税の紹介サイトは、肉や魚介・海産物、果ては旅行券・チケットなど返礼品の種類から検索でき、ほとんどネットショッピングと変わらない状況だ。こうした中、ふるさと納税の利用は毎年増加し、2017年度には約3、650億円にまで達した。

 この制度については、返礼品となる地元産品を「安いから買う」商品にしてしまいブランド価値を下げる、ふるさと納税の紹介業者に支払う手数料が「寄付」額の1割ほどになり全体の税収を減らす、高額所得者ほど有利な仕組みで税の再分配機能を阻害する……など、数多くの問題点が指摘されているが、本稿で問題としたいのは、この仕組みが「寄付」として扱われている点だ。
 総務省が運用する「ふるさと納税ポータルサイト」では、「『納税』という言葉がついているふるさと納税。実際には、都道府県、市区町村への『寄附』です」としている。税は基本的に徴税されるものだが、ふるさと納税は自主的に選択し、使途も公共的だ。その点では本来の寄付に似た側面もある。しかし多額の返礼品がある場合、それを寄付とは言い難い。実際、国税庁のサイトでは「寄附金とは、金銭、物品その他経済的利益の贈与又は無償の供与をいいます」と明記している。贈与ではなく返礼品との交換である現状では、これを寄付としてはならない。

 まさにネットショッピング化しているふるさと納税を、寄付と呼ぶことの問題は大きい。このような語法が広がれば、本来の寄付でも経済的価値の伴う「返礼品」を期待する風潮が広がりかねないからだ。
 本来、寄付者への返礼は、寄付者から託された意志を受け止め、寄付者が共感できる「成果」を生み出すことで実現される。その成果が実感でき、その取り組みに参画したことを喜べる状態を目指すべきだ。平和を願う映画制作にあたり、素晴らしい映画を作るとともに、寄付者の名前をエンドロールに掲載した『この世界の片隅に』は、その好例だ。逆に"モノで釣る"働き掛けでは、モノそのものに関心が集まり、取り組み自体への関心や共感は弱まってしまう (注)。
 寄付の成果が共有されることで、寄付者は自身が託した「寄付の力」を実感できる。この関係が循環することで、寄付への信頼感が高まり、寄付者の輪が広がっていく。寄付の文化とは、この「寄付の力」を信じる価値観が社会に広がっている状態だ。安易に返礼品に頼るのではなく、共感を高める努力こそが王道だろう。

(注)内発的な動機付けに関する研究で、この点は明らかだ。たとえば『人を伸ばす力』エドワード・デシ他、『モチベーション3・0』(ダニエル・ピンク)など参照

V時評T【2019年4・5月号:掲載】
「安全」を脅かす同調者だけの空間

編集委員 増田 宏幸

 「鬼ごっこ」と「隠れん坊」は子どもの遊びの定番だ。もしかすると赤ちゃんをあやす「いないいないばあ」も、この二つの前段かもしれない。隠れたり出てきたり、追いかけたり捕まえられたり。日本だけでなく世界中に同種の遊びがあるらしい。でも、そこでふと思う。地域や世代を超えて受け継がれるには、それなりの理由があるのではないか?
 そもそも人が何かに追いかけられたり、どこかに隠れたりするのはどういった場合だろう。野生動物に襲われた時? 敵に攻められた時? もしそうなら、こうした遊びは周囲に危険があることを警告し、身を守る術を教えるために生まれたのかもしれない。そしてその遊びが続いているのは、人類が真の安全を手にしていない証明なのかもしれない。

 そんなことを考えたのは、今年3月15日にニュージーランド・クライストチャーチで銃の乱射事件が起きたからだ。50人もの人が亡くなったこの事件では、容疑者が自ら一部始終を撮影し、動画をインターネットにアップしていた。2011年7月22日には、ノルウェーで77人が犠牲になったウトヤ島事件が起きた。隔絶された湖の中に現場があり、事件を題材にした映画では犯人から隠れる被害者の姿が描写されている。被害者は安全な場所を求めて逃げ、それが無理なら見つからないように隠れるしかなかった。
 テロは現代文明社会の病理かもしれないが、実は「見知らぬ他人に攻撃される」という状況は、最近まで普通にあったようなのだ。ピュリツァー賞作家で学者のジャレド・ダイアモンドが著した『昨日までの世界』(日本経済新聞出版社)を読むと、例えば飛行機ができて初めてその存在が外界に知られたニューギニア高地の伝統的社会では、「知らない人間」はイコール「敵」を意味した。ある部族の領域に他部族の人間がうっかり入り込んだ場合、その人は殺されるか傷つけられ、あるいは反撃して相手を殺し、それが部族間の争いに発展することもあった。そうした抗争(戦争)における人口比の致死傷率は、20世紀の両世界大戦を上回るほどだったというから驚きだ。詳細は省くが、いま世界の一定の場所で、危険を感じずに見知らぬ他人と一緒にいられるのは、集団間の殺し合いを克服してきた「文明の恩恵」に他ならない。もちろん伝統的社会に学ぶこと(忘れられた美点)も多いのだが、こと安全に関しては、決して後戻りしてはならないのだ。

 しかし……。現在の状況を見ると、異なる考えや意見を敵視する新たな「部族社会」が数多く出現しているように思える。同じ思想で凝り固まり、同調者以外を敵視し、攻撃する人々。その極端な発露が、実力行為としてのテロだ。
 同じ意見だけが飛び交う空間を指す「エコーチェンバー」という言葉がある。閉じた入れ物の中で同種の考えが反響・増幅され、「やっぱりそうだ、自分は正しかったんだ」と安心する空間。エコーチェンバーこそ新たな部族社会であり、潜在的な脅威ではないだろうか。日本の国会を見ても、話のかみ合わないエコーチェンバー的質疑が増えている。沖縄・辺野古沖の埋め立て問題はその最たるものだ。
 異なる考え、意見を尊重することは民主的な社会を維持する土壌であり、その劣化は「安全」の揺らぎにもつながる。そのことを私たちはもっともっと重く受け止める必要がある。土壌を健全に保つために何ができるのか、来たる参院選での投票も一つの手段だろう。鬼ごっこや隠れん坊をたわいない遊びにとどめておくために、テロを生む土壌に目を凝らしたい。

V時評U【2019年4・5月号:掲載】
市民活動推進に人権感覚が必要なわけ

編集委員 永井 美佳

 年度が替わり、新しい事務局体制になったことを機に、大阪ボランティア協会(以下、協会)の職員全員で大切にしたいこととして次の三つを共有した。
 @大阪ボランティア協会の事務局員としてプロを目指したいこと、A世間の常識や自分の常識でものごとを決めつけないこと、B人の「いたみ」に敏感になれるよう感性を磨くこと――の3点である。特に、市民活動推進の世界でプロとしてやりぬくために、人権感覚を徹底的に磨き、身に付けることが必須であると強調した。すると、「『人権感覚』という言葉は初耳であり、ぴんとこない」と、民間企業から転身した新入職員から反応があり、私ははっとした。これまで、当たり前に使ってきた「人権感覚」という言葉だが、市民活動推進の文脈でその必要性を整理するとしたらどういうことだろうか。改めて考えてみた。

 人権感覚という言葉は、文部科学省の「人権教育の指導方法等に関する調査研究会議」が次のように定義している。「人権の価値やその重要性にかんがみ、人権が擁護され、実現されている状態を感知して、これを望ましいものと感じ、反対に、これが侵害されている状態を感知して、それを許せないとするような、価値志向的な感覚である」(2008年3月、「人権教育の指導方法等の在り方について[第三次とりまとめ]」より引用)。つまり、人権が擁護されている状態を望ましいと感じ取ったり、侵害されている状態を許せないと感じ取ったりする心の働き、といえるだろう。このような感覚を身に付けることが、自分の人権とともに他者の人権を守るような実践行動につながると考えられている。この実践行動が人権擁護活動や人権啓発活動であり、その一つの形態がボランティア活動でもあるのだ。

 協会の目ざすボランティア活動の立脚点は三つあり、その一つは、基本的人権への正しい認識と擁護の活動である。そのことを、協会の基本要綱(1981年発行)では「基本的人権――つまり人間が人間らしく生きていくための人間の尊厳――への正しい認識が活動の立脚点、出発点でなければなりません。ボランティア活動はいわば基本的人権の擁護の活動であり、それゆえ単なる善意活動にとどまらず、差別や貧しさや困難をもつ人々とともに課題の解決をはかることであります」と記してある。「擁護」の意味は、「危害・破壊を加えようとするものから、かばいまもること」(三省堂『大辞林』第三版)なので、基本的人権の擁護の活動とは、人間が人間らしく生きていくうえで、何者かが危害や破壊を加えようとしたならば、他人事として見過ごさずにかばい守る行為、ということになる。ボランティア活動において、人権感覚はアンテナとなるのだ。
 アンテナの受信感度は高い方がよいし、人権感覚を身に付けた人材を育成することは協会の重要な仕事の一つである。どのような人を増やしたいかといえば、「課題の解決をあきらめない、もしくは、誰かのあきらめない生き方を応援するために、社会の課題を敏感に認知し、ときには多くの市民への可視化を通じて社会化するように動いたり、課題解決に向けての多様な手法を提案できる、そんな人材」であり、これが協会の目ざす人材育成像だ(2015年、「『アソシエーターの手引き』アクションガイドブック」より)。
 協会で市民活動推進の職に就くということは、自分の人権とともに他者の人権を守るような人権感覚と実践行動力が求められるのだと、職員全員へ改めて伝えよう。そして、協会創立以来継承されてきたDNAを、未来へ語り継げる立場にあることを誇りに思う。

 市民が裁判員を経験することの意味は何だろうか。まず、司法が身近になったり、自分の世界が広がったりすることがあげられる。また、事案に真剣に向き合うほど、被告人や被害者の立場になって考えてみたり、社会問題に目を向けたり、自分の生き方を見つめ直したりと、自分たちの問題として裁判員裁判を考えるようになることもあるだろう。かけがえの無い経験は、価値観を柔軟に変化させて、人間的な成長を促すことにつながるはずだ。社会の問題を自分ごととしてとらえ、その解決に向けてボランタリーに行動する人が増えると、必ずや市民主体の社会の礎になると筆者は信じている。

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